第43話 閑話 雪花という女


 この世界・・・・において、死者の魂は転生を繰り返し、解脱というものを目指すのだという。


 そんな世界であるせいか、これまで大華国では数多くの『前世の記憶持ち』が活躍してきた。一説によれば、大華国を建てた高祖――初代皇帝陛下も前世の記憶を有していたという。


 あるいは現皇帝・劉宸(梓宸)も前世の記録持ちでないかと囁かれていた。平民出身にしては教養がありすぎるし、挙兵からたった7年で皇帝の座に着き、たった5年で内政を安定させてしまったからだ。


 そんなお国柄だからだろうか。


 白妃・雪花にも前世の記憶というものが存在した。

 それ自体は特に珍しいものではない。皆、「前世は修行が足りず、もう一度人生をやるハメになったのですね」と馬鹿にされるので口にはしないだけで。


 ただし。

 それが異なる世界の記憶・・・・・・・・というのは珍しいのだろうが。


 大華国のような国が存在し。しかし時代はまるで異なっていて。馬もないのに馬車は動き、鉄の塊が空を飛び、民が民の意思で政治を動かす――そんな、奇妙な国だった。


 あれは未来の世界なのか。あるいはまったく別の世界なのか……。それはよく分からなかったが、この知識は有効に活用するべきと雪花は判断した。


 ……正確に言えば、まだ子供だったので、知識を使って結果を出し、褒められることが嬉しかっただけなのだが。


 前世の記憶を思い出すのがもっと大人になってからだったなら慎重な行動を取れたのだろうが、子供だった雪花は褒められるまま前世の知識を活用し、神童と称えられ――気づけば、後宮に入って皇帝の寵愛を受け、皇后としてその知識を活用することを望まれた。


 ……いいや。

 親からすれば、雪花が皇后になれば実家の権勢がさらに高まると。欧羅との交易権をさらに得ることができると。そのための便利な『駒』でしかないことを雪花は理解していた。


 実家から付けられた侍女も、信用ならない。彼女たちはあくまで雪花を『皇后』にするために存在するのだから。


 ――後宮とは恐ろしいところだ、と雪花は聞いていた。


 そして、それは事実であった。

 誰もがその美しい顔に美しい笑顔を貼り付け、しかし裏では誰かを追い落とすことを躊躇ためらわず。人の皮を被った獣だ、と雪花は心底恐ろしくなった。


 唯一信頼できるのは、乳母の娘であり幼なじみであるりんただ一人。彼女が侍女として付いてきてくれなければ、雪花はとっくの昔に潰れていたことだろう。


 そんな恐ろしい後宮の中で、雪花はとうとう妊娠した。皇帝の子を宿してしまった。


 途端に向けられる、目、目、目……。


 男子をと期待する侍女の目。嫉妬を隠しもしない妃たちからの目。何とかして蹴落として自分が妃になってやるという女官たちからの目……。


 もう、嫌だった。

 妃になんてなりたくなかった。

 子供なんて宿したくなかった。

 地元で平穏に暮らし、平凡な男と結婚し、子供を産んで、孫に囲まれるような人生を送りたかった。


 でも、雪花が実家に戻ったところで居場所なんてきっとなくて。皇帝の子供を産んだ女が、後宮から出してもらえるはずもなく。


 だから、雪花は――


 ――――。


 味方が必要だった。铃以外にも、もっと、もっと。

 信頼できる味方。

 何でも話せる味方。

 いざというときには庇ってくれて、普段は本音でやり取りすることができる……。そんな、心の支えみかたが必要だった。


 そんなとき、現れた。


 何とも可愛らしい銀髪金目の少女。

 皇帝の幼なじみというけれど、どう見ても15歳くらいにしか見えない女の子。……いや、それをいうと雪花も実年齢より幼く見えてしまうのだが。


 その可憐さに似合わず、宴の席に現れた彼女――凜風はとんでもない女だった。


 本来なら皇帝陛下や四夫人を前にすれば少しくらい萎縮してもいいはずなのに、凜風にそんな様子は見受けられず。

 それだけでは飽き足らず、宴の余興であるはずの神仙術で海藍の本質を易々と当ててみせ、瑾曦が孫武の妹であると見抜いてしまい。さらには春紅を恐れさせ……いや、それはいつものことか。


 四夫人のうち三人を平然と相手取った凜風はその不思議な目で雪花を視て――


「――それは、止めなさい」


 胸の鼓動が乱れた。


「……なんのことでしょう?」


 声は震えていたかもしれない。

 そんな雪花の様子など意に介さず、凜風は続けた。


「平民である私が、妃である貴女に本来このような口をきいてはいけないのでしょう。しかし、神仙術士として助言します。それだけは、止めなさい」


「…………」


 この人だ、と雪花は思った。


 全てを見抜いた・・・・・・・上で。自分には何の関係もないはずなのに――むしろ、皇帝の寵愛を得るという意味では自分にとって有利になるはずなのに、それでも止めてくれた人。


 この人なら、信頼できるかもしれない。


 この後宮という魔境で、味方になってくれるかもしれない。


 そんな雪花の直感は、すぐに確信へと変わった。皇帝すら恐れることなく蹴り飛ばし、毒を食べた铃を救ってくれたことによって。


 この人なら……。


 いいや。


 この人がいい。


 そう決意する雪花だった。




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