第19話 妃たちとの宴・5


 どうやら北狄の文化として、強い男は稼げる男であり、複数のお嫁さんを迎え入れるのが普通のことだそうだ。


 北狄の文化凄い。と思ったけど、後宮という制度も似たようなものだった。なぜ私に求婚してくる男はそんなのばかりなのか。


 陛下の前で言い争う兄妹(と、それを肴に酒を飲む梓宸)から視線を逸らし、私は残った妃たちに目を向けた。


 まずは紅妃、春紅シュンコウ様。

 私の視線を受けて彼女はびくびくと怯え、身を引いてしまった。


「……はは~ん?」


「ひっ!? な、なんですか!?」


「いえ、別に? 妃になっても色々大変なんですねーっと。やっと皇帝のお手つき・・・・になれても今度は懐妊できるか、懐妊したあとも男の子を産めるかどうか……。そして、さらに、」


「…………」


 ガクガクブルブルと震えだしてしまう春紅様だった。怖がらせるつもりはないんですけどねー。


 いやほんとに怖がらせるつもりはない。梓宸の子供を産んだからといって『敵』になるわけじゃないし。私と梓宸は無関係だし。そもそも節操なく女に手を出しているヤツが悪いのだし。


「……なんだか批難されている気がするぞー?」


 酔っぱらいが何か言っていたけど、無視だ無視。


 春紅様はもうお話ができないくらい震えてしまっているからとりあえず置いておくとして。私は最後の妃、白妃雪花シュエフゥア様に向きなおった。


 やはりこの国ではよく目立つ欧羅人顔。よく見ると化粧をしていないわね? 見た目年齢からして必要ないと言えばその通りなのだけど……化粧無しでこの美貌とか。美少女は凄いわねぇ。


 さて。雪花様は成人しているとはいえ、見た目はただの少女なのでいきなり心を読むのは気が引ける。なので一応確認してしまう私だった。


「え~っと、視ちゃってもいいですか?」


「はい、どうぞ」


 にっこりと即答した姿はずいぶんと大人びて見えて。はぁはぁ。いくら実家の後押しがあったとはいえ、そこはやはり妃になって子を孕むほどの存在。並大抵の女では成し遂げられないってところですか。


 こういう人が皇后になるべきじゃないのかなーっと思いつつ、許可はもらったので遠慮なく雪花様を視て――


「――それは、止めなさい」


 思わず、口を滑らせていた。


「……なんのことでしょう?」


 あらまぁいくら年上とはいえ平民相手に敬語を使ってくれるとは。ちょっと好感度が上がったことだし、口に出してしまったものはしょうがない。このまま助言しておきましょう。


「平民である私が、妃である貴女に本来このような口をきいてはいけないのでしょう。しかし、神仙術士として助言します。それだけは、止めなさい」


「…………」


 無礼な物言いに怒り狂うか。何をバカなことをと呆れるか。あるいは春紅様のように怖がってしまうか。私が少し楽しみにしながら雪花様の反応を待っていると、


 ――何かが倒れる音がした。


 視線を向けると、宴会から少し離れた場所で侍女が床に倒れていた。


 あそこは、毒味が行われていた場所だ。


 毒が盛られた。

 と、この場にいた誰もが思っただろう。


「おい! すぐに下がらせろ!」


 張さんが護衛の兵士にそう指示を飛ばし、


「待て! 無理に動かすな! まずは毒を吐かせるのが先だ! 嘔吐剤を持ってこい!」


 梓宸が慌てて立ち上がり、侍女に駆け寄った。


 いやいや、

 いやいやいや、


 ここで皇帝が真っ先に駆け寄ってどうするのか。まだどんな毒が使われたかも分からないというのに。まぁ触れただけで死ぬ毒なんてないだろうけど、毒キノコの中には触っただけで皮膚が焼けただれるものもあるのだ。


「――皇帝が! 安直な行動をするな!」


 侍女に駆け寄る梓宸が私の横を通る時機タイミングを見計らい――飛んだ・・・

 ちょっとだけ神仙術で勢いを付け、両足を使った跳び蹴りを梓宸の脇腹にめり込ませる。


「へぶぅ!?」


 欧羅においては俗に『ドロップキック』と呼ばれる技を受けた梓宸はゴロゴロと転がっていった。まぁ私が知っている梓宸はこのくらいじゃケガなんてしないでしょう。たとえしたって神仙術で治せばいいのだし。








Q, 皇帝陛下にドロップキックして大丈夫なんですか?


A, 捕まえる役の孫武さんは「嬢ちゃん! やるじゃないか!」という顔をしているので大丈夫です(大丈夫ではない)


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