第37話 辰砂
「凜風さん。本日はどのようなご用件ですかネ?」
「ちょっと譲って欲しいものがありまして」
「はぁ……? 欧羅から持ってきたものでめぼしいものは前回の取引で出し切ってしまいましてネ。そろそろ欧羅に戻って商品の補充をと考えているのですヨ」
「でも、まだあるでしょう? 捨てるわけにはいかないでしょうし」
「……なるほどネ。少しお待ちくださいヨ」
聡明なディックさんはこれだけで私が何を欲しているのか察してくれたみたいだ。
しばらく待っていると、ディックさんは小さな鉄製の箱を持ってきてくれた。
軽い音と共に鍵が開けられ、中から取り出されたのは――赤い朱い、红宝石(ルビー)を思わせる鉱石。かつて多くの皇帝の命を奪ってきた水銀。その原料となる――辰砂だった。
「確かに。捨てるわけにもいきませんし、誰かに売るわけにもいかないので欧羅まで持ち帰るか、途中で海に捨てようと思っていたものですネ。……これを取り扱うなと警告したのは凜風さんでしたが、その凜風さんが買おうというのですかネ?」
「はい。必要な銀はお支払いしましょう」
「……凜風さんは皇帝に見初められ、後宮に招かれたと聞いていますヨ。――まさか、望まない結婚に嫌気が差し、水銀で皇帝を暗殺しようとしていますカ?」
「んなわけあるか」
思わず雑な言葉を使ってしまう私だった。
「え? というか今そんな話になっているんですか? 私が後宮に行ったのは妃の治療のためで、あの馬鹿のためじゃないんですけど?」
「あの馬鹿って……。いや、皇帝とは幼なじみと聞いていますし、弟さんから話を聞いた父母さんは大騒ぎ、浄さんも面白いくらい取り乱していましたので、てっきりそうなのだと思いましテ」
「そうなのではありませんのですヨ……」
思わずディックさんの語尾が移ってしまう私だった。
「後宮って気軽に毒殺が起こりそうなので、毒検知の魔導具を作ろうと思いまして」
「噂には聞いていましたが、事実でしたカ……。そういえば、毒検知の魔導具の『芯』には毒を持つ鉱石が使われると聞いたことがありますネ」
「さすがディックさん、博識ですね」
「欧羅では魔導具も取り扱っていますのでネ。もちろん貴族向けで庶民には手が出ないものですガ」
「……今度、面白そうなものを持ってきてくれません?」
「いいですヨ。凜風さんが好きそうなものを持ってきましょうカ」
「ありがとうございます。それでこの辰砂ですが……」
「無料でお譲りしますヨ」
「いいんですか? 輸送費だけでもかなりのものでしょう?」
「他の取引で十分儲けは出ていますのでネ。それに、商品として扱えないものを売って金を稼ぐことは商人としてのプライドが許しませんのデ」
「……そういうことなら、ありがたく」
私が頭を下げながら辰砂を受け取ると、ディックさんは内緒話をするように片目を閉じた。
「その代わりと言っては何ですが、皇帝か妃が欧羅の商品を求めた際は私を紹介してくださいネ」
「……ちゃっかりしていることで」
「商人なのでネ」
あはは、と笑いあってから握手をする私とディックさんだった。
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