第22話 愛桜ちゃんと頼れる助っ人 下

 実際、響が倒れてからは、プレゼン大会の準備は急速に失速することになる。

 主要なメンバーが一人欠けてしまったので最終選考に向けて大した準備もできずに、ほぼ棄権に近い形で僕たちの去年のプレゼン大会は幕を閉じた。

 

 当時、僕は響の抜けた穴をふさぐことに手一杯で、響と同じくらい負担がかかっていたはずの碧にも大したフォローをすることができなかったことを今も後悔している。


 そのまま響は職場に復帰せずに辞め、碧も後を追うように辞めてしまった。

 その時に、山崎さんからの事後報告で二人が辞職したことを知らされたことは、先に述べた通りだ。


 響は話すべき言葉を頭のなかで考えているみたいで、眼鏡の奥の目をギュッと閉じて両手で頭に指を当てながら、何回も言いよどみつつも話を続ける。

 

「……特に、鶴野さんに迷惑をかけたくないと思ったんです」

「僕ですか……?」

「はい。最初は、体調不良を隠して無理して業務を進めていました。でも、作業は遅れて迷惑がかかるし、実力不足を痛感して無力感にさいなまれる日々でした」

「そんなことは……」

「けっきょく、最終的には山崎さんに気づいてフォローしてもらって……。でも、僕ができなかっただけなのに、それは鶴野さんの管理責任になってしまうじゃないですか! だから、申し訳なくて合わせる顔がなかったんです」


 響は、椅子から立ち上がらんばかりの勢いでそう言い切ると、電池が切れたみたいに視線をテーブルに落とす。

 

 でも、それに関しては、間違いなく僕が気づくべきことだったし、フォローできなかった僕に一番責任があった。


 感情をあらわにしている響とは対照的に、いつも元気で明るいはずの碧が、ため息をついて肩を落として呟く。

 

 所在なさげな碧の手が、無意識のうちに肩くらいの長さまであった触覚を撫でようとして、空を切った。

 

「私も、響のそんな状態には気づけてはいたんですが、自分のことに精一杯で何もできませんでした」

「……二人とも聞かせてくれてありがとうございます。僕があの時、気づいていたらよかったです」

「私たちの方こそごめんなさい。あの後、辞め方をずっと後悔していたんですけど、なかなかご連絡もしづらくて……」

 

 たしかに、僕から連絡するのも難しかったし、二人から連絡するのもハードルが相当高いか。

 同じようなことで悩んでいたんだなと思うと同時に、去年一緒に働いた日々で培った関係性は嘘じゃなかったと思えて、今までずっと心の片隅にあったモヤモヤが少し晴れる。


 愛桜あいらは、謝り合戦に突入した僕たちのことを、どこか暖かい目で見守っていた。


 ふと碧が「そういえば」と前置きして、今思い出したかのように僕に話しかける。

 でもその口ぶりからは、きっと努めて軽い口調を作ったかのような、隠しきれない緊張感が見て取れた。

 

「鶴野さん。今年も『インテリアザラシさん』のプレゼン大会、出場されるんですね」

「はい。今年も出ることにしました」

「そうなんですね。なんというか、その……、ありがとうございます」

「出ようか迷いましたが、煙山さんに背中を押されて、今年こそはって思って……」


 急に言及された愛桜は、ちょっと驚いた顔をして、僕を肘で小突いて何も言わずに微笑む。

 

 なお、真面目な会話をしているときに、某アザラシの名前を聞くとおかしくて笑ってしまうので、ちょっと止めてもらいたい。

 見ると、言った本人の碧も、ちょっと笑っている。


 先の一次選考でもそうだったが、こいつは本当に人を笑顔にさせる海洋生物なのだなとしみじみと感じた。

 案外、本当に居心地のよい空間を生み出す能力があるのかもしれない。


 しばらくして、場の雰囲気を感じとってニコニコしていた愛桜が、急にポンと手を叩いて話を本題に戻す。

 

「あ、そうでした! 私たちがそのプレゼン大会に出るにあたって、お二人にお願いがあるのですが……」

「はい。メールで連絡いただいていた件ですよね」

「そうです。実は、去年のプレゼン大会でのご経験やデザインなどの専門的な領域について、アドバイスいただけないかと思っていまして……。できる範囲で大丈夫なのですが、可能でしょうか?」

「喜んでお手伝いさせていただきます。響もそうだよね?」

「はい。僕もやります。何なら、去年みたいにモックとか作りましょうか?」


 モックとは、モックアップを省略した言葉で、商品化する前に作る模型やレプリカのことを指す。

 これがあると、商品の企画を視覚的に表示することで、具体的なイメージをつかみやすくすることができる。


 愛桜は、申し訳なさとありがたさが半々ずつくらいにじみ出たような表情をしながら、両手を擦り合わせた。

 

「え、いいんですか? あ……。規約上、たぶんお金とかは出せないんですけども……」

「はい、構いません。企業へのポートフォリオになるので、実績のアピールという点で私たちにもメリットはあります。それに――」

 

 碧はそこまで言うと、響の方を向いてお互いに顔を見合わせた。

 響が、碧の意図を組んだかのように、「うん」と言って続きを引き取る。

 

「それに、鶴野さんに去年助けてもらったので、今度は僕たちが鶴野さんをサポートする番です」


 僕は、去年の苦しみ抜いた日々が報われたような気がして、涙がにじみそうになった。

 今年も、――今年こそは、この二人からの信頼を裏切らないように努力しようと、強く心に誓う。

 

 こうして僕たちは、二人の心強い仲間をチームに加えて、来たる二次選考の準備を進めていった。


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今回もお読みいただきありがとうございます。

次回の更新は、12/13(金)の予定です。

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