第3話 同期の愛桜

 その後、和やかなムードのまま、食事会は終了した。

 先輩・後輩間の関わりが深いゼミだったため、ほとんどの人が顔見知り以上であり、話が弾んでいたと思う。


 ただ、教授とは最初に挨拶をした以降、一度も話さなかったような気がする。

 本末転倒かもしれないが、別に仲が悪いとかいう訳ではなく、単に席順の問題である。

 けっきょくのところ、集まる名目なんて何でもよいのだ。


 店を出て少し広めの歩道の端っこに寄って、また近いうちに集まろうという無責任な約束をして解散になった。


 鳥栖とりすは、他の同期や先輩たちと、二次会に行くらしい。

 元気なことである。僕も、愛桜あいらとのゼロ次会が無ければ、そちらに参加していたかもしれないが。


 同じく二次会の誘いをおそらく同様の理由で断った愛桜と、特に理由もなくシンプルに誘いを断った凛と、駅までの道を歩く。

 地下鉄の改札前に着くと、凛が立ち止まって愛桜に向かって言った。


「愛桜さんは、何線で帰られますか?」

「私はJRだよ」

「それなら、ここでお別れですね。与一、愛桜さんを無事に送り届けてね!」

「おう任せろ」

「それでは、また会いましょう!」


 凛は、僕たちに手を振ってから颯爽と改札を通り抜け、最後にもう一回こちらを振り返って軽く会釈をして、ホームに続く階段へ降りて行った。

 凛を見届けた後、僕たちはJR線の改札口へ向かうために別の入口から入り直そうと、もう一度地上に向かった。

 

 通路では、終電まであと一時間という遅い時間帯であっても、たくさんの人がまだ帰ろうとせずに残って賑やかに談笑している。

 こんな時間なのに誰かを待っている人もいて、なんというか、まだ今日を終えたくないという人々の思いが伝わってくる気がした。


 地上に続く階段を並んでゆっくりと上りながら、愛桜が少しうんざりした表情でぼやいた。


「あいかわらず、この街はどこ歩いても人ばっかりだよね」

「そりゃそうだ。 ”渋滞する谷” って書くくらいだからな」

「おっ、うまいこと言うね。与一も東京に染まってきたってことかな」

「うるさいわ、シティガールが!」

「東京とは言っても、私は西の外れの武蔵野市出身だけどね」


 十八歳の春、僕は東京の大学へ進学したのに合わせて一人暮らしを始めた。

 高校の修学旅行以来の東京は、住んでみると無機質な街のように感じた。

 田舎特有の面倒なご近所付き合いなんかは当たり前のように存在せず、知り合いも友達もいない日々。

 

 コンビニの店員とすら、言葉を交わさない(もしくは、単に言葉が通じないだけなのかもしれない)日もあった。

 ただ、都会に慣れてしまえば、人の多さと反比例して希薄になってく関係性は、僕のような人間には心地よい。

 

 ごった返す人の群れと、そびえ立つビルの群れに圧迫されている都会の空の狭さをどことなく寂しく感じたのも、もはや過去の話である。

 

 なんか感傷的になって、売れないJPOPみたいなことを考えてしまったことを一人で反省しつつ、僕たちは地下鉄の出口から地上へと歩を進めた。

 

 毎日十五万人の乗客が行き交う渋谷駅において、明らかに狭すぎてキャパオーバーな遊歩道を遊歩しながら、僕たちは話を続ける。


「そりゃもう、かれこれ上京して六年になるから」

「はじめて渋谷で集合した時は、道に迷って大遅刻をかましてたのに、成長したね」

「あー、懐かしい。サークルの新歓イベントだったよな」

「そうそう。あの日は、忠犬ハチ公の気持ちが少し分かった気がしたよ」

「その節は多大なご迷惑をおかけしやした」

「しょーがないな、許す。わんわん!」


 そもそも、僕と愛桜の出会いは、国際交流インカレサークル『文化の交差点』であった。

 インカレサークルとは、インターカレッジサークルの略で、複数の大学の学生が共同して活動を行うサークルを指す。


 大学入学時の僕は、その特別感と語感の良さに惹かれ、当インカレサークルへと入会を決めた。

 僕にも、背伸びをしたがる意識と、あり余る若さに身を委ねた時代があったのである。もちろん、今となっては考えられないことだが。


 その新入生歓迎イベントで、僕と愛桜は出会った。

 国際交流サークルと銘打っているだけあって、やはり海外志向の強い人が多い。そんななか、英検三級(中学卒業レベル)の英語力を振り絞って受験をなんとか乗り切った程度の英語力の僕は、完全に浮いていた。

 

 I’m flying high!

 ――いや、この場合は過去形だから「I was」になるかもしれない。知らないけど。


 ともあれ、僕が不幸にも面倒な先輩に絡まれて、たかが数ヶ月の語学留学に行っただけで変わる程度の彼の人生について熱く語られていると、愛桜が隣に来て会話に参加しだした。

 

 そして、適切なタイミングの相槌で先輩を満足させつつも、質問と回答コール&レスポンスで話の主導権を奪取した愛桜は、スムーズに会話を終了させた。

 この女、強い。

 

 その流れで愛桜と会話するなか、僕らがインカレサークル内で唯一、同じ大学から参加していることが判明し、共通の話題で盛り上がった。


 その後、夏休み期間にサークル主催で行われたプレゼン大会で同じ班になったことがきっかけで、愛桜とはよく話をする仲になった。

 そのプレゼン大会があまりにもガチだったせいで、最初七人いた班のメンバーは準備期間の二か月の間でしだいに減り、最後は愛桜と僕ともう一人の計三人しか残らなかったが……。


 そういえば、当時の愛桜は自らの学年を隠してサークル初参加を名乗っていた。そのため、しばらくの間ずっと僕は愛桜を同学年と勘違いしていたのである。

 

 僕は、六年前には聞けなかった疑問を解消するため、前を歩く愛桜に向けて声をかけた。


「ところで、初めて会ったときに、なんで新入生のフリをしてたんだっけ?」

「実は当時、私留学帰りだったからお金なくてさ」

「そういえば、半年間留学してたんだったな」

「そうそう。学年も実質一緒だったし、かつ新入生は参加費無料だったから、バレないかなって」


 愛桜は、歩くスピードを少し緩めつつ、気まずそうに肩をすくめた。

 

 なんというか思った以上にしょうもなく、それでいて切実な理由だった。

 留学に行ったことで、語学力と引き換えに前髪と服の袖だけでなく、プライドをも失ってしまったのだろうか。

 この女、強すぎる。


「まあ、バレずにすんでよかったな。きっと先輩としての威厳が無かったんだろ」

「私の名演技にみんな騙されたのよ。これでも、元演劇部だしね」

「へえ、演劇部だったんだ」


 愛桜が演劇部だったのは初めて聞いた。

 だが、言われてみれば、先輩・後輩・同期としての自分を切り替られる愛桜の自由な振る舞いは、演技だと呼べなくもない。

 

 愛桜は、自分がどのように見られているかを熟知している名女優のように、魅力的な笑顔を浮かべて言った。

 

「与一は、お遊戯会で木の役とかやってそうだよね」

「失礼だな、ちゃんと物語の進行に関わってくる重要な役をやってたよ」

「お、なんの役?」

「人を轢き殺して異世界転生させるトラックの役」

「えっと、なろう系の人が脚本書いてる?」


 JRの改札があるハチ公前の広場に行くために信号待ちをしていた僕たちの前を、猛スピードでトラックが通り過ぎていった。


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[2024/11/30更新]

タイトルを以下のように修正しました。

・修正前:同期の愛桜(1)

・修正後:同期の愛桜

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