【番外編】 愛桜ちゃんと賀来さんのお菓子タイム

 賀来かく美玖みくの朝はそこまで早くない。

 

 フレックス制なので、朝は十時から十時半までに出社すればいい。

 フリーアドレス席とはいえ、だいたい座る席は決まっているので、焦って確保する必要はない。

 

 八時にアラームを鳴らしつつ、起き上がるのはだいたい八時半ごろだ。スヌーズ万歳。

 なお、前日の夜更かしなどが原因で起きるのが遅れた場合、もしくは遅れる予定の場合は、即座にリモートワークへ切り替えることになる。

 判断が早い。

 

 それから、ゆっくりと昨日の夕飯の残りを温めつつ、軽くスキンケアをしてメイクを開始する。

 会社に気合を入れて行く必要なんて全くないが、可愛く在りたいという気持ちは忘れてはいけない。

 

 それに、いつ素敵な出会いがあるかなんて、神様以外に誰も分からないのだから、いつでも気は抜かない方がいい。

 ――自分のためにも、相手のためにも。

 

 でも、会社の自由な社風には、かなり助けられているようだ。

 出勤時間も、髪色も、将来のキャリアも気の赴くまま。

 冬の間はずっと髪がピンク色だったが、春になると咲き誇る桜と色が被ったので茶髪に戻した。

 きっと、そういうフリーダムさが彼女の魅力である。


 そんな彼女が、職場で最近気になっているのは、今年入社した新入社員を取り巻く人間関係だ。

 歴戦の女の子である彼女には、初々しさをはらんだ関係性の矢印が手に取るように分かる。


 もはや、毎年の春にそれを観察することが趣味みたいなところがあった。

 ――まあまあいい趣味をお持ちである。

 

 彼女は、定位置になっている山崎さんの向かい側の机に陣取ると、さっそくパソコンを開いて業務を始めた。

 使っているパソコンは、Len〇voのThinkP〇dだ。

 

 爪を綺麗に飾り立てている彼女だが、器用にキーボードの赤ポチ(※)に人差し指を引っかけ、パソコンのカーソルを操作する。

(※ Lenov〇のパソコンに特徴的な「トラックポイント」と呼ばれるキーボードの部品。とても便利)

 

 マウスやタッチパッドを使うと、長い爪が邪魔になってしまって操作がしづらいようだが、このパソコンなら問題なさそうだ。

 おしゃれと業務効率化は両立し得るのである。

 

 さて、彼女は仕事もそこそこに「今年の新卒ちゃんたちはどんな感じかな」と呟いてパソコンを閉じ、視線と思いをオフィスに巡らせた。

 そこで、同期たちの注目を集めながら、ひときわ目立っている女性を発見した。

 愛桜あいらである。


 しばらく様子を観察していた彼女は、愛桜がひときわ高い「後輩女子力」を持っていることに、いち早く気づいた。


 例えば、教育担当の与一に鋭い質問をしたかと思えば、そのメモをまとめる際に、カラフルなマーカーや付箋を使って可愛く整理していた。

 その、見やすさと女の子を共存させている資料を見せてもらった時は、思わず感嘆の声をあげてしまったものである。

 

 その後、教えてくれたお礼として、与一にお菓子をこっそり差し出していたのも見かけた。

 与一は呆れたような顔で、紫色のパッケージのルマ○ドを受け取っていたようだ。なんとも失礼な男である。

 

 なにか愛桜とル○ンドに、特別思うところでもあるのだろうか。

 たしかに、飛び散る破片のことを考えると、キーボードの上では食べることは厳禁だが、お菓子に罪は無い。

 なんなら、パイ○実などよりは破片が零れにくいはずだ。


 彼女がそんな風にお菓子を注視していると、そのことに気づいたのか、愛桜がちょこまかと近くに寄ってきた。

 

「賀来さんも、お菓子食べます?」

「いいの? ありがとう」

「いえいえ、減るもんじゃないですし」

「いや、きっちり一個減るよ!」


 後輩から貰ってばっかりでは忍びないので、彼女もカバンの中からお菓子を取り出して愛桜と交換した。

 カバンに忍ばせたお菓子は、女の子としての嗜みである。


「わあ! 私チョコ○イ好きなんです!」

「おいしいよね。天使の方とどっちが好き?」

「こっちの方が、大きくて食べごたえがあって好きです」

「そうだよね!」


 なお、ちょっと単価が高いお菓子で、先輩としての威厳を見せつけることも忘れない。

 こっちは、先輩としての嗜みである。

 

 その後、軽く雑談をしながらのお菓子タイムは、山崎さんが営業先から会社に戻ってくるまで続いた。

 

 そんなこともあって、彼女は愛桜のことを「後輩ムーブが板についている」と、心の内外で高く評価していた。

 

 本人にこそ伝えていないものの、周りの同僚には、

 「きっとこれまでのコミュニティでも、後輩キャラでいたんでしょうね」

 と、したり顔で推理していた。大ハズレである。


 ともあれ、今年は愛桜を中心とした人間関係が描かれそうで、――その関係図から、無意識で自分を除外しつつも――彼女は今からワクワクしていた。

 どのようなドラマが始まるだろうか。


 お菓子タイムで愛桜には彼氏がいないと言っていたし、もしかしたら見えないところで駆け引きが進んでいるかもしれない。

 そんな風に、彼女の胸は高鳴っていた。

 

 ただ、愛桜との仲の良さなら、どうやら教育担当の与一が一歩リードしているように見える。

 

 この前、与一と二人で倉庫から出てくるところに、偶然たまたま期せずして思いがけず遭遇した。

 そこでそれとなく二人の関係性を尋ねたものの、大学時代から絡みは何も無いと言っていた。


 そのわりには仲が良すぎではないだろうかと、彼女は睨んでいる。


 そもそも与一は、女性と距離を短期間で詰めるようなタイプでは無い。

 去年のインターン生だって、理系メガネ男子のひびきとは早くから打ち解けていたが、キラキラ女子のあおと仲良くなるには時間がかかっていた。

 

 彼女の勘が、愛桜の言葉にはなにか隠していることがあると告げている。


 でも、それはそれとして、可愛い後輩であるにグイグイいって嫌われたくはなかったようだ。


 周囲の関係も含めて、二人をゆっくりとじっくりと見守っていくことに決めた。

 聞こえはいいが、要はただの野次馬である。

 

 そんなこんなで、会社での平穏な日々は過ぎていく。

 日々を楽しんでいる彼女は、心底愉快げに呟いた。

 

 「今年は、一波乱ありそうね」


 ========


 お読みいただきありがとうございます。

 次の更新は、10/31です。

 

 フォロワーさんが一人でもいる限り、完結まで書き続けようとは思っているのですが、どうすれば多くの人に見てもらえるのか模索中です。

 よろしければ、アドバイスや評価などをいただけると嬉しいです!

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