第23話 愛桜ちゃんとデザイン案 下
そんな風に
「私にも見せて。わあ! 良い感じだね、さすが碧ちゃん」
「ありがとうございます!」
「少し思ったんだけど、ここの背もたれの部分をこうすると、取っ手みたいにできるんじゃないかな」
「あ、それいいですね!」
賀来さんが、指先で空中に図形を作りながら、碧に身振り手振りを使って説明する。
碧は、シンプルな白いタッチペンをカバンから取り出すと、その場でタブレットに修正点を書き加えていった。
賀来さんと碧が話していると、これまで黙っていた響も二人の会話に参加する。
「モデリングの観点だと、この部分をこうして……」
「わあ! それもいい!」
やがて盛り上がった三人の会話は、途中で賀来さんが着いていけなくなるほど専門的な内容にさしかかった。
賀来さんは、ニコニコとしながら二人が話しているのを見守っている。
テーブルの上で様々なアイデアが生まれていくなか、愛桜が碧と響の会話を聞きながら、
「二人はすごいなあ……」
と、隣の僕にしか聞こえないほどの小さな声でつぶやいたのが聞こえた。
僕はすぐに、愛桜に何か言葉をかけようとする。
だが、口元だけ笑う愛桜の目から読み取れる称賛と敬意と、ほんの少しの無力感に
しばらくして、二人を見守る僕たちの視線に気づいたのか、響と碧は唐突に会話を止めてタブレットから顔を上げる。
「すみません。盛り上がっちゃいました」
「いえいえ。いいアイデアは出ましたか?」
「はい! すぐにでも追加修正したいくらいです」
「それは良かったです……。なんというか、久々にこの光景を見て、懐かしくなりました」
「たしかにそうですね。去年ぶりの感覚でした」
響がそう言うと、一拍置いて僕たちみんなが「たしかに」と笑う。
その時に横目で見た愛桜は、去年のことを知らないながらも、みんなに合わせていつものように、自然体で笑っているように見えた。
――さっきの表情が、僕の勘違いかと思うほどに。
その後はコーヒーを飲みながら、今後にやるべきことや締切について話して、その場はお開きにすることになった。
一時間かからないくらいの想定より早めの解散になったが、ソワソワしている碧を早く家に帰してあげたかったという理由もある。
先に愛桜と碧と響を店の外に出してお会計をしようとしていたら、忘れ物を確認して後ろから来た賀来さんが、会計額の半額より多いくらいのお金をこっそりと渡してきた。
僕が「多いですよ」とつき返そうとすると、賀来さんは何も言わずにウインクだけして店の外へ出て行く。
これができる先輩か……。
この短期間で、賀来さんの株が乱高下している気がするが、ありがたくお金を会計の足しにするとしよう。
キャッシュレス決済特有の、バカでかい決済音が店内に鳴り響き、会計が完了する。
これ、いつも思うけど音量バグってんだろ。ちょっと恥ずかしいんだよな……。
アプリを閉じようとすると、愛桜から八百円の受け取りを知らせる通知がちょうど届いた。
律儀なことだ。
今の愛桜は後輩なんだから、別にいいのにと思いつつ「ありがとう」と返信する。
店を出た僕たちは、去っていった碧と響を見送った後、会社に戻る道を歩き出した。
賀来さんが、良いことを思いついたという顔で、僕たちに魅力的な提案をしてくる。
「二人とも、会社に戻る前にランチを食べて帰らない?」
「いいですね。せっかくなので、いつもの定食屋じゃないところ行きません?」
「いいね。それだと、会社から少し離れるけど、私のおすすめの中華屋さんがあるよ」
「そこにしましょう! 煙山さんは……」
僕が二つ返事で同意し、すぐに愛桜にも同意を求めようとすると、「あー」と言葉を詰まらせた。
「すみません……。私、帰ってやることができたので、先に帰社しますね」
「そうなの? そっか……。残念」
「はい……。すみません。また誘ってください」
「うん!」
申し訳なさそうに謝る愛桜を見ながら、僕は首を
一緒に働く都合上、僕は愛桜の予定をすべて把握しているのだが、そんな予定などあっただろうか。
訝しげな顔をする僕には気づかず、賀来さんが「じゃあ行こっか」と僕の方を向き直して言った。
賀来さんに連れていかれる前に、僕は愛桜に近寄って小声で尋ねる。
「大丈夫ですか?」
「ありがとうございます」
「休めるときに休むのも大切ですよ」
「それは分かってますけど、実物を見たら疲れも吹き飛びましたから……!」
「……それなら良いですけど」
ちっとも良くはないが、賀来さんを待たせているし、これ以上話を続けるのは無理か。
僕は、後ろ髪を引かれながらも、愛桜に手を振ってその場を立ち去った。
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今回もお読みいただきありがとうございます。
次の更新は、12/17 or 18の予定です。
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