第14話 愛桜とストーキングスキル 上

 めでたく山崎さんからの承認をもらったので、次に考えるべきは「どのような内容の発表をするか」である。

 

 僕と愛桜あいらは、通常の業務を定時の一時間前に終わらせて、いつぞやの備品室で『空間創造フェス』の過去資料を漁っていた。


「うーん、何をテーマに発表するのがいいんでしょうか」

「煙山さん、何かやりたいテーマはあります?」

「そうですね、今のところは特に思いつかないです」

「オッケー。ちなみに去年は和モダンな雰囲気のインテリアで攻めたから、それ以外がいいですね」

 

 去年と同じテーマでもよいが、せっかくなら別のテーマのインテリアを考えた方がいいだろう。

 できれば、愛桜がやりたいと思う内容をもとに進めるのが、一番理想ではある。


 何か愛桜に関係するテーマは無いかと考えていると、ふと自分が備品室にいて愛桜と二人きりであることに気づいた。

 

「というか、この部屋は周りに誰もいないから敬語なくていいよ」

「……たしかにそっか」

「まあ、僕への尊敬の気持ちのあまり、敬語を使いたいのであれば、別に使ってもいいけど」

「うるさっ。与一は忘れてるかもしれないけど、私年上だからね? 敬い称えなさい」

「あー、ちょっとうけたまわらせていただく(二重敬語)ことは難しいかもしれません」


 このままずっと楽しく言い続けても埒が明かないので、どちらも敬語を使わないといういつもの方針でまとまった。プラマイゼロである。

 その間、当たり前のように資料探しは進んでいない。

 

「この感じ、なんかサークルの時を思い出すね」

「それもそうだ。お互い遠慮なく言い合って、資料作ってたもんな」

「いやー、なかなか大変だったよね」

「……あ! あの時のプレゼン大会のテーマだった、『北欧系』のインテリアでやってみる?」


 僕たちは、大学時代のインカレサークルのプレゼン大会で北欧諸国を担当した。


 北欧インテリアは、白やグレーのナチュラルなデザインが特徴的で、特に有名なのはスウェーデンのIK〇Aだろうか。

 基本的にシンプルなスタイルだが、フィンランドのマリ〇ッコに代表されるような、カラフルでモダンなアクセントが入ることで、北欧の長い冬を家の中で過ごす際にも疲弊しないような工夫がされている。


 これなら、愛桜も僕も他の参加者よりは詳しい知識を持っているため、僕たちの強みを活かしたテーマになるかもしれない。

 愛桜も同じ考えなのか、力強く頷きながら僕の肩を軽く叩いた。

 

「さすが与一! しかも、それならサークルの時の資料も使えるね!」

「まあ、有名すぎて競合は多そうだけど……」

「そうかもね。……でも、あえてデンマークとかノルウェーとかに注目すれば、北欧テイストだけど他と被らないインテリアになるかも!」


 少し調べてみると、デンマークやノルウェーには、『ヒュッゲ(Hygge=居心地のよい空間)』という独自の概念があり、他の北欧諸国とはまた違った良さがあるみたいだ。


 居心地の良さや温かみを重視するなかで、自然との調和や機能的なデザインという相反する要素を両立させていることが、一番の魅力である。

 ほかには、色使いについても、他の北欧インテリアと同様に白やグレーを基調とするものの、メインとして青系統の色が使われることも特徴として挙げられる。


 そんな風に愛桜とアイデアを膨らませていたら定時になったので、一緒に席へ戻ってパソコンの電源をオフにした。

 周りを気にして口調を敬語に戻した愛桜が、業務をこなした後にもかかわらず元気な様子で声を張り上げる。

 いや、むしろ今週の業務が終わったからこそ、元気なのかもしれない。

 

「鶴野さん、お疲れさまでした!」

「はい。お疲れさまでした。今日はこの辺りで終わりにしましょうか」

「この後、少しこの件について話しません? ちょうど三連休前の金曜日なので居酒屋とかで」

「あー、ごめん。今日はこの後先約がありまして……」

「そうだったんですね。それならしょうがないです」


 実は、今日は珍しく凛から連絡が来ていて、この後ご飯を食べに行くことになっていた。

 しかも、サシである。小中学生のころも含めて、初かもしれない。


「ゼミの同期の女の子から連絡があって、この後ご飯食べに行くんです」

「お、デートですか。いいですね!」

「いや、デートと言うよりかは、なんか相談したいことがあるみたいで……」

「それは大変ですね……。大事じゃないといいですけど」

 

 愛桜が、周囲に聞こえないような小さな声で「凛ちゃん?」と聞いてくる。

 僕は、同じようなボリュームの声で肯定した。

 

 なぜ分かったのだろうか。

 たしかに、ゼミで僕と仲の良い異性の同期なんて、凛くらいしかいないのが。


「じゃあ、そういうことで。良い週末を」

「ありがとうございます。鶴野さんも頑張ってください」


 お礼を口にしながらも、愛桜は少し不満げだった。

 凛には僕と愛桜が同じ職場にいることは伝えていないので、誘われなかったのは仕方ないだろ。

 

 愛桜と長く会話をしていたこともあって、時間ギリギリになりそうだ。

 僕は荷物を持って足早に会社を出ると、会社の最寄の大手町駅に向かった。


 ――この時、もし僕が急がずに背後を確認したならば、こっそりと後ろをつけてくるミルクティーベージュ色の髪に気づくことができただろう。


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今回もお読みいただきありがとうございます。

次の更新は、11/9 or 10です。


[2024/12/20更新]

内容を上・下に分割しました。

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