第14話 愛桜とストーキングスキル 下

 会社の最寄の東京駅(大手町駅)に着くと、凛はすでにスマートフォンを見ながら僕のことを待っていた。


 涼しげなVネックの白いブラウスと、動きやすそうなネイビーのスリムフィットパンツを合わせて、胸元の控えめなシルバーペンダントが、凛の黒い髪と今日の服装を引き立たせている。

 足元はヌードカラーのパンプスを履いていて、全体として上品かつ爽やかなコーディネートにまとまっていた。

 

 凛は、僕に気づくと、元気にブンブンと手を振ってきた。

 その姿は、大学でよく見ていた清楚然とした凛というより、小中学校時代の明るい凛を彷彿とさせる。

 

「与一、久しぶり。今日はありがとうね!」

「久しぶりってほど時間経ってないだろ。今日はこっちまで来てくれてありがとうな」

「いえいえ、私が相談乗ってもらいたくて誘ったから、当然だよ」


 早速、予約していたおしゃれな創作料理のお店に向かった。

 個人営業の店とあって、店内は広くなくてテーブルの間隔が狭く感じたが、そこそこ混んでいる。


 凛と色々と過去の話をして盛り上がっていると、見た目いい感じの料理が運ばれてきたので、それを食べながら本題に入ることにした。


「単刀直入に言うとね、職場恋愛を断りたいの!」

「あー。前に愛桜あいらさんと相談してた件か」

「そう! 愛桜さんのアドバイスもあって、後輩と親睦を深めようと思ってランチに誘ったんだけど、それがいけなかったのかも……」

 

 以前、凛は後輩との関係性に悩み、愛桜にどうしたらよいかと相談していた時がある。

 その時は後輩との距離を感じていたようだが、今度は向こうから急に距離を縮めてこようとして、困っているらしい。


 愛桜のアドバイス自体は一般的なもので、凛も特に愛桜が悪いとは思っていないようだが、受け取る側の対応しだいでは拗れてしまうこともあるみたいだ。

 職場における恋愛感情とは、なかなか厄介なものである。

 

「そもそも、職場恋愛はなあ。なかなかリスクでかいよなあ」

「そうね。周りがけっこう気を遣うし。特に別れた時とか地獄じゃない?」

「そうだよなあ。公私混同するなよって感じではある」

「いろいろデメリットはあるし、彼と職場恋愛する気はないんだけども……。一番の問題が、彼が若干ストーカーみたいにになってしまったことなんだよね」


 ストーカーとは、穏やかではない事態である。

 いつの間にか家の場所もバレていたようで、ついに昨日は凛の住むアパートの前で待ち伏せされていたらしい。

 そんなことがあったので、凛はもう家に帰りたくないとぼやいている。

 

 凛を慰めていると、よく聞いたことがある声の、ここにいるはずのない人物に後ろから声をかけられた。

 

「やあ! 奇遇だね。お二人さん」

「愛桜さん! お久しぶりです。ここ座ります?」

「いいの? ありがとう」


 しれっと愛桜が何の連絡もなく現れたので、僕は愛桜を細目でジトっと見つめた。

 ぜんぜん久しぶりではないし、おそらく会社からストーキングされていたに違いない。

 ストーカーの話をしていたら、また別のストーカーの被害にあったようだ。


 たぶん何事もなければそのままフェードアウトするつもりだったのかもしれないが、おそらく自分が適当に焚きつけたせいで凛が困っていると感じて、声をかけてきたのだろう。

 そう考えると、お人好しゆえの行動とも捉えられるから、無罪にしてやるか。


 凛は、純粋に愛桜がこの場にいたのだと信じているようで、愛桜との偶然の出会いを喜んでいた。


「愛桜さん、今日はどうされたんですか?」

「たまたま一人でご飯を食べていたら、二人を見つけて声をかけちゃった。お邪魔じゃなかった?」

「いつもこんなおしゃれな場所で、食事を摂られるんですね! いえいえ、愛桜さんなら大歓迎です!」


 愛桜が合流してからは、凛の不安を払拭するためにみんなで色々な対処法を考えた。

 酔ってきたのもあって、最後の方は大喜利大会になっていたが、凛に笑顔が戻ったので良しとしておこう。


 その後、ストーカーの影におびえる凛を、愛桜と二人でアパートまで送ってその日は解散となった。

 愛桜と帰る道すがら、なぜ店にいたのかを問い詰めたのは言うまでもない。

 

 でも結果的には助かったので、帰り際に寄ったお店で手打ち蕎麦を奢らせて、手打ちとすることにした。


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[2024/12/20更新]

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