第6話 愛桜ちゃんは隠したい 下

「いや、違うんだよ。ほら、なんか絡まれるのめんどくさいじゃん!」

「ふーん。僕たち、大学だと関わりなかったんだな」

「悪かったって! でも、変に配慮されるのも嫌じゃない?」

「まあ、それもそうだけど」


 そこまでして隠す必要は無いのではないかと思う。

 ただ一度、賀来かくさんにこう言ってしまった以上、これから僕たちが大学で繋がりがあったことを明かすことはできなくなってしまった。

 

 この流れに既視感があるなと思ったら、ゼミの時も同じような理由で関わりを明かさなかった覚えがある。

 そういう意味では、大学生の時とやることは一緒である。立場は逆になるが。

 

 僕が一応の納得を示すと、満足そうな様子の愛桜あいらが、僕の方に少し身を乗り出しながら言った。

 

「それに、隠すのってちょっと楽しいじゃん?」

「そ、それもそうだな」

 

 愛桜にびっくりするくらいの満面の笑みで言われたので、思わず同意してしまった。

 

 席の辺りまで戻ると、山崎さんが手招きしているので愛桜と一緒に向かう。


「おい鶴野。煙山に任せてた仕事を手伝ったのか?」

「あ、はい」

 

 山崎さんにびっくりするくらいの無表情で言われたので、思わず同意してしまった。

 実にびっくりしすぎである。

 

 山崎さんは、きっちりと第一ボタンまで閉めたシャツの襟を整えながら、ため息をついて言った。

 

「鶴野が手伝ったら意味無いだろ」

「すみません」

「でもまあ、仕事が終わるならなんでもいい」


 たぶん、山崎さんは仕事で使う資料の整理を愛桜に頼むことで、仕事の全体像を把握させようとしたのだろう。

 そういう意味では、本当に言葉足らずというか、不器用な先輩である。


 まあ、今はそんなことよりも、横で可哀想なくらいビビっている後輩のフォローをした方がいいだろう。


「あー、仕事を手伝ったのは僕の意思だし、煙山さんは気にしなくても大丈夫だか……」


 山崎さんが僕の言葉をぶった切り、愛桜に力強い視線を向けながら言った。


「そういえば、今日新入社員の歓迎会をやろうと思うが、予定は空いているか?」

「はい。僕は大丈夫です」

「はいっ! 私も行かせていただきます」


 この流れで聞いたらパワハラになってしまわないだろうか。

 なんなら、アルハラにも認定されるかもしれない。世は大ハラスメント時代なのである。


 とはいえ、愛桜は嫌な時はちゃんと断るタイプだし、なんだかんだ大丈夫だとは思う。


 その後、他の社員も歓迎会の話が回り、退勤時刻が近づくにつれ、会社の雰囲気が少しソワソワし出した。


 定時の一時間前くらいになって、そんな雰囲気に似つかわしくない神妙な顔をした愛桜が、周囲をチラチラ見渡しながら僕に話しかけてきた。

 

「あの……鶴野さん。今、大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です。どうかしましたか?」

 

 僕はなんとなく嫌な予感がして、やっぱり先ほどの山崎さんの発言は良くなかったかと思いながらも、愛桜に続きを促した。


「……私、一杯目はハイボール派なんですが、会社の飲み会ってやっぱりビールがいいんですかね」

「ハイボールで大丈夫だと思いますよ」

「そうなんですね!」

「まあ、僕はビールしか飲まないですが」

「え、いつもハイボールじゃん……。う、裏切り者! どうしよっかなあ……」


 愛桜が悲壮感に満ちた声を発しつつ、膝から崩れ落ちたが、器用にもその表情は楽しそうである。

 幸いなことに大したことない悩みだったが、会社の飲み会が嫌とか、そういうことでは無さそうで安心した。


 別に好きにハイボールを飲めばいいのにとは思うが、周囲の「とりあえず生」の同調圧力はたしかに受け入れざるを得ない雰囲気がある。

 新卒一年目なら、なおさらそう感じるかもしれない。

 

 ただ、これで大学時代の僕と愛桜の関係を隠そうとするのは、少し無理があると思う。


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[2024/12/4更新]

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