第6話 愛桜ちゃんは隠したい 上
あいかわらず、僕は彼らの指導係をやっている。
今日の愛桜は、山崎さんから指示されて備品室で資料の整理をしていた。
もう初日に着ていたリクルートスーツの面影は薄く、白いブラウスの上にベージュのテーラードジャケットを羽織っており、折り返した袖が相手に爽やかな印象を与える。
僕はきょろきょろと辺りを見渡して周囲に誰もいないことを確認すると、愛桜の後ろ姿に声をかけた。
「資料整理けっこう時間かかってるじゃん。大丈夫?」
「すみません、もうすぐ終わります! って、なんだ与一じゃん」
「なんだとはなんだ」
「なんだか、与一に会社内で話しかけられるの、新鮮だね」
愛桜は振り返って僕の方を見ると、同じように辺りをきょろきょろと見渡した後、少し安堵した表情になった。
そして、ちょうど良かったとばかりに、厚み五センチほどの資料の束を差し出しながら言った。
「そういえば与一、この資料見てみてよ」
「あー、これね。去年も似たようなのやってたわ」
「へえ、毎年あるやつなんだね。楽しそうじゃん」
愛桜が見せてきた資料には、『第九回 インテリアザラシさんの空間創造フェス』という名称で、会社のブランド・製品を新規提案する、社内向けのプレゼン大会の開催要項が記されていた。
ふざけた名称のわりに意外と人気のイベントで、去年開催したときは応募だけも含めると、全社員の四分の一ほどが参加していたと思う。
愛桜は、その色素の薄い瞳をキラキラと輝かせ、ワクワクを隠しきれない表情で続けた。
その様子は、掃除の途中で面白いものを発見してしまって、作業が滞っている姿を彷彿とさせる。
「ほら、実際にプレゼンに使ってた資料もあるよ。これとか超本格的ですごいんだよ」
「歴代の資料が保存されているのか、なるほど。部署とか名前とかは一応伏せられているんだな」
「面白そうだし、与一も出たらいいじゃん!」
「……それよりも、愛桜。山崎さんから言われた資料整理は終わったの?」
僕が問うと、愛桜はスッと無表情になって顔を逸らしながら、静かに整理中の資料の方を向き直した。
終わっていなかったらしい。
可哀想になったので、少し作業を手伝うことにした。
「よし、役割分担しようか。僕がファイルに通し番号を振ってくから、愛桜はそれを並び替えて」
「さすが与一! いや、もう与一先輩様! ありがとう!」
「役職に様はつけない。これ、社会人の基本ね。たまに間違っている人いるけど……」
「うるさいなあ。尊敬の感情を込めてるからいいの!」
愛桜と二人で分担して作業をするのは手馴れたもので、資料整理はすぐに終わった。
とはいえ、今回は愛桜の仕事ということもあり、僕は大まかな作業手順を示しただけでほとんど愛桜が手を動かして作業していた。
そういえば、大学時代の愛桜は本人が優秀なのもあってか、人に頼ることがあまり無かったように思う。
僕が社会人になって、かつ先輩になって、ようやく愛桜から頼られるようになったかと思うと、少し嬉しく感じた。
二人で備品室のドアを開けると、ちょうど通りかかった
「そういえば、鶴野くんと愛桜ちゃんって、同じ大学出身なんでしょ?」
「実はそうらしいんですよ」
「じゃあ、二人は入社前から関わりはあったの?」
もちろんある。
賀来さんの質問にそう返事をしようとすると、僕が答えるよりも先に愛桜が答えた。
「いえ、鶴野さんとは学年も違いますし、全くなかったです!」
「そうなんだ。でもそんなもんだよね」
それだけ言うと、本当にたまたま通りかかっただけの様子の賀来さんは、コピー機の方へと歩いていった。
完全に賀来さんが見えなくなると、すぐに愛桜が顔の前で手をパタパタさせながら、弁明を始める。
「いや、違うんだよ。ほら、なんか絡まれるのめんどくさいじゃん!」
「ふーん。僕たち、大学だと関わりなかったんだな」
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お読みいただきありがとうございます。
次回の更新予定は、10/14です。
[2024/12/4更新]
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