第5話 愛桜ちゃんと初出勤 下
「あ、インターンの子たち元気かなあ。鶴野くん連絡取ってないの?」
しかも、僕と一緒にやった業務が原因で辞めてしまったのだから、なおさらである。
僕がRPGの勇者だとすれば、例えるなら会社は魔王城で、倒すべき悪は支社長になるのだろうか。
思わず会社に敵対してしまったが、別に会社に倒産してほしい訳ではない。
正義と悪は状況によって異なるし、見方によっては違いなんて無いのである。
心のなかで、そんなしょうもない自己弁護をしていると、
「鶴野さん、大丈夫ですか? 顔色悪そうですけど」
「お気遣いありがとうございます。昨日、夜遅くまで外出していたので、寝不足かもしれません」
もちろん、昨日一緒に酒を飲んだ相手は目の前にいるので、誤魔化せるとは思っていない。
二次会も一緒に断ったし、なんなら僕が寝不足なら愛桜も寝不足になるはずである。
愛桜は、当然のごとく納得していない様子だったが、周りの視線を気にしたのかこの場ではこれ以上聞いてこなかった。
その後、会社を一通り案内し終えたので、逆に新卒社員側から聞きたいことがあるか聞いてみた。
しばらくの間、新卒社員たちは顔を見合わせるだけで何も言わなかったが、髪をきっちり七:三に分けた男性が意を決したように手を挙げた。
「早く仕事を覚えて戦力になるために、鶴野さんが新卒の頃に意識していたことはありますか?」
思っていたより真面目で、若い質問が飛んできた。
だが、入社したての時は僕もそうだったかもしれない。
質問してきてくれた社員のキラキラしたとした目に、半年前のインターン生が重なる。
さて、あの時はなんて返したんだっけ。
「えっと……。分からないことがあったら、早めに聞くことですかね。でも一番大切なのは、慣れないうちから仕事を頑張りすぎないこと。仕事は体が資本なので、もし辛かったらすぐに教えてください」
「ありがとうございます!」
他に質問が出なかったので、皆に十分間の休憩解散を言い渡し、自分のデスクへと向かわせる。
皆の意識が僕から逸れた瞬間、愛桜がつま先立ちになり、僕の耳に届くように顔を近くに寄せ、ささやくように言った。
「ほんとに大丈夫?」
「ありがとう。なんかあったらすぐに言うよ」
「分かった。約束ね」
それだけ告げると、愛桜も自分のデスクのある方向へと向かった。
途中まで一緒だったので、僕も付いていくと、同じ部署の先輩の山崎さんが声をかけてきた。
「鶴野、今日の昼までの資料作成、もう終わってるか?」
「はい。八割方できていて、あとデータを加工して挿入するだけです」
「分かった。それなら、残りは俺でやっておく」
「ありがとうございます」
「新卒ばっか構って、無駄な時間を取られないようにな」
山崎さんは言いたいことだけ言うと、すぐに自分の仕事に戻った。
僕は自分のデスクに戻ると、資料に進捗を手短にまとめた文章を付けて山崎さん宛に社用チャットで送った。
山崎さんはとても優秀かつ、思ったことは言葉を選ばずに言ってくる性格だが、裏表がなくて上司としては付き合いやすい。
ただ、自分に厳しく他人にも同じくらい厳しいため、しっかりと彼の求める水準の仕事をこなす必要がある。
僕が立ち上がろうとすると、愛桜から社用チャットでメッセージが来たことに気付いた。
「さっきの人、誰?」
「同じ部署の先輩」
「なんか厳しそうだね」
「うん、だいぶ厳しい」
「ちょっと苦手かも。私も仕事で関わりあるかな」
「僕と同じ部署になるなら、わりとある」
「そうなんだ」
「でも、悪い人じゃないよ」
「でもでも、わざわざ新卒の私に聞こえるように、言わなくても良くない?」
「それはまあそう」
愛桜は、グッドのリアクションスタンプをメッセージに付けて、チャットでの会話を終わらせた。
文面だけだったが、愛桜の怒っている顔が目に浮かぶ。
社用のチャットツールでどうでもいいことを話すのは、ちょっとした背徳感があって、思ったより楽しい。
スリープモードにしたパソコンの黒い画面に映る僕の表情は、先ほど愛桜に心配されていた時に比べ、少し晴れやかになっていた。
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[2024/12/3更新]
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