第4話 愛桜と学生気分 下

 愛桜あいらは、電車の車窓からビルと住宅地の光が交互に移り変わっていく様子を眺めながら、小さな声でつぶやいた。

 

「ダニエル元気かな」

「先月会ったけど、あいかわらず元気に満ち溢れてたぞ。愛桜は会ってないんだ?」

「うん。SNSとかの投稿は見るけど、連絡とって会ってはないかな」


 たしかに、大学を卒業してから三人で会う機会がなかったように思う。

 それに、ダニエルは定期的に国外に行っているようなので、なかなか会うのが難しい。


 愛桜とダニエルのように、一時期は毎日のように顔を合わせて、夏合宿の期間なんかはそれこそ朝から晩まで調べものや資料作成、発表練習を繰り返していたのに、社会人になるとぱったりと連絡が途絶えてしまうことだってある。

 それでも、二人がきっと街中なんかでばったり会ったとしたら、かつてのように話が弾むのだろう。

 

 今度、愛桜の新生活が落ち着いたら、三人でまた会う計画を立てて当時の思い出を振り返ってみようと思った。


 現在、愛桜と関係性が途絶えていない幸運に感謝を捧げていたら、ラッキーなことに座席がちょうど二人分並んで空いたので、僕たちは席に座って話を続ける。

 

「それにしても、あのプレゼン大会、本当に大変だったよな」

「ほんとにね。サークル創立十五周年記念企画だったらしいけど、運営側も懲りたのかもう開催の予定は無いみたい」

「たしかに、無駄に規模大きかったよな」


 そのプレゼン大会では、各チームでそれぞれ担当の国を決め、文化や経済等のどのような観点でもよいが、その国の魅力を訴求する提案を作成することが課せられた。

 

 唯一の縛りは、現地の人に連絡を取って最低五人以上のインタビュー内容を組み込むことだった。

 僕たちは北欧諸国を担当し、特にデンマークやノルウェーについて、各言語の翻訳アプリと英語を駆使して何とかこの課題をこなした。


 これだけだと、普通の国際交流サークルの催し物だが、サークルの創設者の一人であるバックパッカーの先輩がしゃしゃり出てきたことで話がおかしな方向に進んでいく。

 その人は海外留学の支援会社を立ち上げたらしく、儲かっているのか知らないが、この企画にそこそこの額の資金を投入し、謎の人脈を活かして大小問わず色々な方面に話を広げ始めた。

 

 そのまま、どんどんと話が大事になっていった結果、各国の大使館までもが名乗りをあげて協賛したため、僕たちのプレゼンは、もはや国と国の代理戦争のようになっていた。

 こうなってくると、下手な内容のプレゼンは見せられないと、上級生や教授たちを巻き込んでダメだしとフィードバックの嵐が吹き荒れる。

 

 僕と愛桜とダニエルは、他の班員が次々音信不通になるなか、文化祭の前日のようなモチベーションで文化祭の一週間前くらいの作業量を連日こなし続け、なんとか関係者一同に満足してもらうようなプレゼンを拵えることができたのだった。


 愛桜も過去のことを思い出していたのだろうか。

 少しの間の無言だった僕たちの沈黙を破るかのように、愛桜が冗談めかした口調で言った。

 

「あ、そういう意味では、あの時頑張れたのはステーキのおかげかも」

「たしかにそうかもな」

「あの時の与一は、すごく頑張ってたよね」

「それを言うなら、愛桜も頑張ってたと思うぞ」

「ありがとう。……社会人も頑張るね」

「……うん」


 また、僕たちの間を沈黙が支配した。近くの大学生ぐらいのグループの騒ぐ声が、僕たちの心地よい静寂をより際立たせている。

 

 僕は、先ほど愛桜がしていたのと同じように電車の奥の車窓から外を眺めてみたが、トンネルにでも入ってしまったのか、真っ暗で何も見えなかった。

 そのまま、明るく照らされた車内に目を向けると、愛桜の頬が少しだけ赤くなっていたのが見えた。


 ちなみにその後、乗り換えのために新宿駅で一度電車を降りてステーキ屋の前までは足を進めたが、愛桜が直前で日和ったので蕎麦を食べて帰宅した。

 夜でも明るく街を照らす二十四時間営業チェーン店のカウンター席で、愛桜と二人で並んで食べた蕎麦は、さっぱりしていてとてもおいしかった。

 蕎麦に失礼な態度を取ったことを謝らないといけないかもしれない。

 

 でも、お腹は必要以上に満たされたものの、なんだか物足りないように感じた。


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[2024/11/30更新]

タイトルを以下のように修正しました。

・修正前:同期の愛桜(2)

・修正後:愛桜と学生気分


[2024/12/1更新]

内容を上・下に分割しました。

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