第13話 愛桜と頼れる上司たち 上

 山崎さんの承諾を得られなかった日の夜。

 僕が家で寝っ転がって動画サイトを見ていると、通知音とともに愛桜あいらからSNSでメッセージが届いた。


「与一、いま大丈夫?」

「うん、どうしたの?」

「実は、スケジュールの大枠ができたんだけど、軽く見てもらえない?」


 時刻は、二十三時前である。

 そんなに根を詰めなくてもと思うが、退勤後にそのまま続けてキリのいいところまでやってしまったのかもしれない。


 とりあえず、了承の返事はしたものの、無理はしない方がいいとも伝えるべきだろうか。

 あと、普通にたぶんサービス残業になってるし。


 パソコンは二十二時には強制シャットダウンされるのでどうしたのかと聞いたら、退勤前にファイルを印刷して手書きしているらしい。

 送ってもらったスケジュールをもとに、何個かアドバイスを送る。


「このタスク、もう少し想定工数取っておいたほうがいい」

「うん」

「あと、この期限はもう少し余裕を持たせるといいかも」

「なるほど、ありがとう」


 そう言うと、アザラシが地べたを這いずりまわる愉快なスタンプを送ってきた。

 謝意が全然伝わってこないなと思ってアザラシをよく見ると、お馴染みの弊社マスコットキャラクター『インテリアザラシさん』のスタンプだった。


 **


 『インテリアザラシさんの悠々自適な生活 その二』

 ¥120


 インテリアコーディネーター(※)の資格をもつ賢さと、愛くるしいつぶらな瞳を併せ持つ、インテリアザラシさんのスタンプの第二弾が登場しました。

 

 僕たち私たちのインテリアザラシさんが、みんなの殺伐としたトークルームを、居心地のよい素敵な空間にコーディネートしてくれます。


 さあ、あなたもインテリアザラシさんと一緒に、幸せで悠々自適な日常を過ごしませんか?

 

 ※ インテリアコーディネーターは、公益社団法人インテリア産業協会が認定する民間資格です。

 

 **

 

 弊社、こんなものも出していたのか。というか、こんなのに金を出して買う人いるんだ……。


「なんだその腹立つスタンプ」

「可愛いでしょ?」

「僕はもう社内で見すぎて腹立ってきたわ」

「そんな、酷い……!」

「愛桜以外、誰が買うんだよこれ」


 愛桜は、テキストを送るのと同時に、目をウルウルさせた『インテリアザラシさん』のスタンプを送信してきた。

 媚びるな。もっと誇り高く生きろアザラシ。


 その後の会話は雑談へ移行したが、やり取りをした限りは、残業をしている愛桜の精神状態は大丈夫そうに見えた。

 だが、一応心配ではあるので、うざくならない程度に労りのメッセージを送る。

 

「大丈夫? 無理しないで」

「ありがとう。これくらいなんともないよ」

「そうだけど。いきなりこんなに頑張らなくても……」

「スタートダッシュしたいの! 今が一番やる気あると思うんだよね、私」


 愛桜の言うことも分かる。

 残業を奨励しているわけではないのだが、こういうのはやる気があるうちにやってしまった方がいい時もある。


 そう思った僕は、『インテリアザラシさん』のスタンプを流れるように購入した後、フレーッフレーッという擬音とともにヒレ(?)で旗を振っている、励ましのスタンプを送った。


「与一も買ってんじゃん!」

「笑笑」

「これでお揃いだね?」

「なんか削除したくなったわ」

「酷い!」


 メッセージ上では酷いことを言いつつも、きっと愛桜が『インテリアザラシさん』みたいに、ニヒルな笑顔を浮かべている姿が想像できた。


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今回もお読みいただきありがとうございます。

次の更新は、11/6です。


[2024/12/19更新]

内容を上・下に分割しました。

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