第21話 愛桜ちゃんと踏み出す勇気 上
次の月曜日。
僕がいつも通り出社して業務を進めていると、山崎さんが遠くから近づいてきて、隣にいた
「煙山、この後時間あるか?」
「はい。大丈夫です」
「そうか。例の『インテリアザラシさん』のプレゼン大会の件だ」
「承知しました。話進めてくださったんですね。ありがとうございます」
愛桜は、椅子から立ち上がって山崎さんの方へ向き直ると、すぐにピンときた様子で話を合わせた。
何の話だろうかと思ったが、きっと僕が顧客と電話している間に相談していた件だろう。
それならば僕にも関係ありそうだと思い、席から立ち上がって続きを話す山崎さんの視界に入って、声をかける準備をする。
「あの……」
「――ということだ。鶴野。お前も来ないか?」
「承知しました。……それで、何の話でしょうか?」
山崎さんからの指示とあって、条件反射で内容も聞かないまま承諾してしまった。
上司の指示は、何も考えずにとりあえずイエス!
これが、重宝される部下になるための必須スキルである。
(※ 特定の個人の感想です。効果には個人差があります。)
(※ このスキルにより、効果や性能を保証するものではありません。)
山崎さんは、無表情のまま小さくため息をつくと、繰り返しの内容を僕に説明してくれた。
「二次選考に向けて、企画する商品自体の仕様を詰めていくことは決まっていたよな?」
「はい。二次選考は収益性や実現可能性などの具体的な部分を問われるので、煙山さんとそこに力を入れていこうという方針を固めていました」
「そうだ。そこで、そういった分野に詳しい人材に声をかけた」
「さすが山崎さん。人脈広いですね」
「いや、鶴野も知っている人物だ」
静かにそう告げると、山崎さんは「これで説明は終わりだ」とばかりに口をつぐんだ。
はて。僕も知り合いでそのような設計やデザインの分野に強い人はいただろうか。
愛桜は、上手にちょっとしたイラストを描けるイメージはあるが、きっとそういう意味での専門性は無いだろう。
少なくとも、社内にはいないような気がする。
――じゃあ、去年はどうやったんだっけ?
そこで気づいた。山崎さんは去年のインターン生である
それなら、愛桜が僕より先に山崎さんに話を持って行ったのにも合点がいった。きっと僕に気を遣ってくれたんだ。
さすがに、もう社員では無い二人に実際に作業してもらうことは望めないだろう。
だが、たしかに当事者から去年の作業について教えてもらうことは、十分に参考になるとも思った。
僕は、答え合わせをするように恐る恐る山崎さんに確認する。
「もしかして……去年のインターン生の二人ですか?」
「そうだ」
「そうですか……。それなら僕は行かない方がいいかもしれませんね」
「なぜだ?」
「あの二人が辞めたのは、去年のプレゼン大会を僕がうまく
山崎さんは、テンポと歯切れのよい必要最低限の単語でしか返答をしてこない。
そのことに少し圧迫感を覚えつつも、僕だけしか話していない一方的な会話になっている気がしたので、少し返答を黙って待ってみることにする。
すると、山崎さんは少し考えた素振りを見せた後、僕に向かって断言するように言った。
「いや、少なくとも二人は鶴野のことを嫌ってなどいない。むしろ辞めるときも――いや、それは本人たちに聞いた方がいいだろう」
「はい。……わかりました」
「とはいえ、鶴野の心の整理もあるだろうから、来るのを強制はしない。もし二人と会わないのであれば、後日話した結果を俺から共有する」
「ありがとうございます」
そうは言ってもらったものの、正直なところ、僕は碧と響と会うのが怖かった。
彼らが会社を辞めたのは、僕のせいではないのか。
もし、僕のせいでないのであれば、なぜ僕には何も告げずに辞めていったのだろう。
思考が同じところをグルグルと回る。
理由を聞きたいが、聞きたくない自分もいる。なぜ。どうして。僕はどうするべきだろうか。
考えこもうと自然に顔が下を向こうとした僕に、続けて山崎さんの声が淡々と響いた。
「じゃあ、俺は先に煙山と別の顧客に会った後に、二人に会いに行く予定だから」
「……承知しました」
「もし来ると決めたなら、時間と場所はこのメモを読んでくれ」
答えあぐねる僕をよそに、山崎さんは言いたいことだけ言って颯爽とその場を去った。
後ろに立っていた愛桜は僕に気を遣う素振りを見せながらも、けっきょくは何も言葉を発さずに山崎さんに着いて行く。
でも、愛桜が後ろを振り返るときに見えた澄んだブラウンの瞳は、僕が話し合いに来ることを決して疑っていないように、まっすぐと僕を見つめていた。
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今回もお読みいただきありがとうございます。
次の更新は、明日の12/6です。
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