第10話 愛桜は諦めない 下

 企画職には、クリエイティブな発想力が必要なのは言うまでもないが、実は企画を立てた後にそれを実現していく過程が特に大変だ。

 立てた企画を実現するために、時には対立関係にある利害関係者や承認者とやり取りを重ねて、各種の調整を行ったうえで、プロジェクトを予定通りに進めていかなくてはならない。

 

 本人の資質もあり、やる気もある。

 ――それでも、愛桜あいらが営業部に配属された理由は、けっきょく会社の都合なのだろう。

 

 まあ、それらのコミュニケーション力や折衝力が、営業においても大いに求められている力だという側面も否定できないが。

 

「上の人が決めたとか、やりがいとかそんなの知らない。私は自分のやりたい仕事をやりたいの」

「僕も、愛桜がやりたいようにやるのが一番いいと思う」

「ありがとう。なんか……少しスッキリした」


 こんなの、よくある新入社員の若さゆえの感情で、あと三年もしたら「あの時の経験が今に生きているんだ」なんて、したり顔で言うようになるのかもしれない。

 人事や上司からしたら慣れっこの毎年恒例行事で、これを社会人の洗礼とすら思っている人もいるだろう。


 それでも、自分の将来に悩み、ぐちゃぐちゃの感情を吐き出す愛桜が、どうしようもなく眩しく見えた。

 

「とはいえ、どうしようかなあ。現実的には、来年度あたりを目標に異動希望を出してもらう感じになると思うけど」

「へえ。そんな感じになるんだ」

「うん。それまでに、なんか人事とかにアピールできればいいんだけど……」

「うーん。今は、仕事覚えるので手一杯っていうのはあるし……」


 愛桜がそこまで言ったとき、僕はぴったりのイベントがあることを思い出した。

 以前、資料整理をしていた愛桜が見つけてきた、『インテリアザラシさんの空間創造フェス』である。

 

 このイベントは、会社ブランドや製品を新規提案する社内向けのプレゼン大会であり、もし結果を残すことができれば十分に人事や上司へのアピールになるだろう。

 

 たしか、去年は会社の創立記念日の社員総会で大賞を発表していたから、選考期間は夏から秋のはずだ。

 時期的にも、これからゆっくり取りかかるくらいでちょうどいい。


「愛桜、『空間創造フェス』に出てみたら?」

「なんだっけ、それ?」

「ほら、前資料見てた、新規商品とかブランドのプレゼン大会だよ」

「ああ! インテリアザラシさんのやつね!」


 なぜか、インテリアザラシさんで通じてしまった。

 一般向けにはまったく知られてないくせに社内ではやたら認知度が高いのが、会社マスコットキャラクターのあるあるである。

 

 僕が、会社の携帯端末でイベント概要や、以前に愛桜が備品室で読んでいた資料を見せていると、愛桜が確認するように言った。

 

「これ、チーム戦なんだね」

「うん。去年見てた感じ、だいたいみんな四~五人でアイデアを発表してたはず」

「じゃあ、与一。一緒にやろうよ」

「僕は無理」

「えー、やってみようよ?」

「嫌だ」


 愛桜は、僕の頑な拒否の態度から何かを感じ取ったのか、やんわりと別の話題を振ってきた。


 そのままベンチに座りながら雑談をしていると、急に愛桜が体温の伝わる距離まで詰めてきて、僕の方に手を伸ばしてきた。

 

「あー、大きな声出したら喉乾いた。オレンジもらーい!」

「コーヒー飲めよ……。まあ、いいけど」

 

 そう言うや否や、愛桜が僕の持っていた缶をかっさらい、未開封のコーヒーを投げ渡してきた。

 たしかに、運動した後にコーヒーを飲みたくは無いかもしれない。


 愛桜がジュースを飲もうとして缶を傾け、それでも中身が出なかったのか、ほぼ真上に近いところまで持ってきて缶の底をトントンと叩く。


「これほとんど中身入ってないじゃん!」

「あ、空になってた?」

「もう! 知ってたなら言ってよ」

 

 たとえ、空元気でも、愛桜に少しだけ明るい笑顔が戻ってよかったと思った。

 愛桜には、黒色よりもオレンジ色のパッケージの方が似合っているような気がする。


「というか、普通に僕の飲みかけだったけど、そういうの気にしないの?」

「今更そんなこと言わないでよ。私たちの仲でしょ?」

「どんな仲だよ……。じゃあえっと、今の僕は、先輩? 後輩? 同期?」

「うーん、今日だと最初は先輩で、今は同期で、これから後輩になるかな」

「ややこしいっ!」


 でも、そんなややこしい状況だからこそ見ることができる、愛桜の色んな側面が僕は嫌いじゃない。


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[2024/12/12更新]

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