第15話 愛桜さんと小旅行

 翌日。僕と凛は、愛桜あいらを伴って僕の地元に帰ってくるため、新幹線に乗っていた。

 三連休の初日とはいえ、ダイヤが増えた新幹線の自由席にはちらほらと空きが見える。

 

 都心から、乗り換えを挟みながら電車に揺られて計三時間。ちょっとした小旅行気分である。

 

 僕と凛にとっては小中学校時代を過ごした思い出の地であるが、愛桜にとっては何のゆかりもない。

 何なら初上陸らしい。

 

 今日の愛桜は、涼し気なライトブルーのリネン素材のワンピースを着ていて、足元は編み込みのサンダルを身に着けている。

 一方で今日の凛は、白い無地のTシャツにデニムのショートパンツで、靴は黒のスニーカーを履いていた。


 総じて二人とも、いつもとはまた違う動きやすさを重視した服装をしていて、それがなんだか新鮮で目に眩しい。


 昼間から、隣の席で缶のハイボールを片手にシウマイ弁当を食べていた愛桜は、この移動中に幾度もなくつぶやいていることを再びしみじみと言った。

 ちなみに、僕の手にもお揃いの缶が握られているので、昼から酒を飲む愛桜を糾弾する権利はない。


「まさか、凛ちゃんと与一くんが地元一緒だったとは知らなかったよ」

「まあ、言ってなかったですから」

「子ども時代を一緒に過ごして、大学で再会したってことでしょ! それ、実質幼なじみじゃん!」

「それで括ったら、幼なじみが数十人単位で生まれますよ……」


 幼なじみの定義はあいまいであり、それが故にその関係性から様々な物語が生まれるのである。

 知らんけど。

 

 そんな僕たちの会話を、ボックス席の向かい側に座っていた凛も頷きながら聞いていた。

 

「でも、私と与一は仲がいい方だったと思いますよ。たまに放課後遊んでましたし、クラスもずっと一緒でしたし」

「え! それはもうリアル幼なじみだよ。運命じゃん!」

「そうですか?」


 凛の言っていることは百パーセント事実ではあるが、大切な前提が抜けている。

 クラスがずっと一緒だったのは、子どもが少なくてクラスが一つしかなかっただけである。


 *


 さて、なぜこんなことになっているのかというと、話は昨日の飲み会に遡る。

 しばらく家に帰りたくない、帰るのが怖いという凛に対して、僕たちは一度実家に帰ることを提案した。

 

 そこまでは問題ないのだが、なぜかその場のノリで凛の帰省に僕と愛桜も着いていくことになった。

 最近、実家に顔を出していなかったし都合がいいかと思いつつも、女子二人との旅行気分には少し気恥ずかしいものがある。

 

 ちょうど、愛桜もお世話になった他大学の教授が僕たちの地元の近くにいるとかで、借りていた資料等を返却するという用事はあったみたいである。


 偶然と悪ノリが重なった結果、今こうして三人で新幹線に乗っているわけだ。


 *


 しばらくして、凛がお花を摘みに行っている間、愛桜がくだけた調子で話しかけてきた。


「凛ちゃん、与一との前では少し雰囲気変わるよね。これが理由だったか」

「まあな。最初に大学でお淑やかな凛を見たとき、違いすぎて少し違和感あったレベルだし」

「なるほどね。でも、なんで凛ちゃんとの関係を隠してたの?」

「まあ、わざわざ言うほどのことでも無かったというか……」

「えー! 秘密にするってずるくなーい? 私も凛ちゃんともっと仲良くなれたかもしれないのに!」


 愛桜は、自分は関係性を隠そうとしているくせに、他の人がそれをやると文句を言ってきた。理不尽極まりない。

 だが、それが愛桜である。


 それからしばらくの間、凛がいつの間にか席に帰ってきていることに気づかないまま、いつものように会話を続けていた。

 

「あの、なんか……。お二人、仲良くないですか?」

「そう?」

「はい。いつの間にそんなに仲良くなったんですか」

「ずっとこんな感じだよね。与一くん?」

「そうですね。特にいつも通りかと思います。」


 これでごまかしきれるわけがない。凛も、怪訝そうな顔をしている。

 やーい、愛桜バレそうになってやんのと思ったが、これ隠していた僕も同罪にならないか。

 

 総合的に考えてここは愛桜の味方をした方がよさそうなので、別の話題を振ってみる。


「ところで、愛桜さんは今日泊まる場所どうしますか?」

「一応ビジネスホテルでも取ろうかと思ってはいるよ」

「あ、じゃあ私の家来ますか?」

「いいの? 行ってみたいかも!」

 

 ニコニコとした凛が、すぐさま両親に連絡を入れ、宿泊の許可を取り付けていた。判断が早い。

 今ここで、『愛桜と凛のお泊まり会 In 実家』の開催が決定したようだ。


 どんな話をするのか不穏であるが、僕の実家に泊めるわけにもいかないし、一番いい解決方法なのではないだろうか。

 図らずして、凛ともっと仲良く機会を手に入れた愛桜は、かなり満足そうな顔をしている。


「凛ちゃん、化粧水いつも何使ってる?」

「無○良品のやつ使ってます! すごくもっちりするし、たくさん使っても罪悪感が無いんですよね」

「そうなんだ! 評判良いのは知ってたけど、使ったこと無かったんだよね」

「良ければ、愛桜さん今日使ってみます? 実家にも大容量ボトルで置いてあったと思います」

「ありがとう! じゃあ代わりに、凛ちゃんには私の資○堂のやつを貸してあげよう。プチプラだけどね」

「良いんですか! じゃあ、パジャマとかは私の予備のやつ使ってください!」


 今ここで、『愛桜と凛のぱじゃまぱーりー In 実家』の開催が決定したようだ。

 すごくどうでも良くいいけど、パジャマパーティーをひらがなで書くとかしましさが薄れて、なんか男子禁制感が増すよなあ。

 星とかハートとかをつけたくなる。


 そんな危ない思考に蓋をしつつ、僕を置いてきぼりにしてキャピキャピしている二人をしばらく見守っていると、目的の駅のホームに新幹線が滑り込んだようだ。

 

 愛桜は新幹線のドアが開くと、すぐに地面に降り立って迷わずに階段の方に進んだ。

 

「えっと、次の乗り換えは在来線の二番ホームからだから、こっち側だね」

「さすが愛桜さんですね! 私たちより詳しいじゃないですか!」

「実は、昨日調べてたんだよね!」


 こういうところは、さすが愛桜だなと思う。しっかり者で頼りがいがある。

 いつもこうだったら純粋に尊敬できるのになと思いつつ、きっとその場合はここまで仲良くはならなかっただろう。

 

 このくらいのバランスと切り替えが、ちょうど良かったのかもしれない。


 そのままゆっくりと在来線に揺られて、ついに僕と凛の最寄り駅に到着した。

 電車のドアをボタンを押して開けると、ムワッとした暑さとともに大音量の蝉の鳴き声が響き渡った。

 もはや鳴き声というより、怒鳴り声である。

 

 田舎であろうが、日本どこでも夏は暑いのだ。


 その片田舎に、都会のキラキラOL(?)をやっている愛桜と凛が降り立ったわけだが、なんだか出来の悪いコラ画像みたいな不釣り合い感がある。

 愛桜はともかく、凛はこの町出身のはずなのだが。


 そんな違和感に首を傾げていてもしょうがないので、僕は二人に今後の予定を尋ねた。

 

「さて、これからどうしましょうか。愛桜さん、どこか行きたいところとかあります?」

「ごめん。それについても昨日調べてたんだけど、見つからなかった……。私の力及ばず……!」

「そんなそんな……。すみません。特に観光するところが無いこの街が悪いんです!」


 凛はしきりに恐縮しているが、たぶんこれは愛桜の冗談であろう。

 その証拠に、しっかり者で頼りがいのある愛桜は、ちょっとニヤニヤしている。


 凛はニヤニヤしている愛桜に気づいたのか、少しだけ顔を赤くしながらコホンと咳払いをして場を仕切り直した。

 

「おっしゃる通り、ほんとに観光するところも無いですし、早速ですけどウチ来ます?」

「いいね!」

「与一も来るよね?」

「え? 僕も? それはさすがに悪いというか……」

「え、なんで。与一と一緒に帰ってくるってお母さんに言ったら、すごく喜んでたよ」


 もし僕が思春期真っ盛りの少年だったなら、きっと名状しがたい気恥ずかしさで胸がいっぱいになったことだろう。

 でも今なら、十数年の時を超えて羞恥心を押し殺し、余裕の表情でお礼なんかを言うことができる。

 

 ――凛の家に行くのは何年ぶりだろうか。

 

 家自体の場所は昔と同じ場所にあるというので、記憶を振り返りながら凛の家への道を三人で歩いた。

 

 その日は、そのまま凛の家で夜遅くまで夕飯とお酒を楽しんだ。

 十数年ぶりに訪れた凛の家は、記憶のなかにあった光景とは違っていて自分の記憶力の低さを思い知ったが、凛の両親は昔と変わらず僕たちに優しかった。

 

 僕の家からの距離は自転車で十分くらいなので、終電を気にせず過ごせるのが地元の強みである。

 まあ、そもそも終バスは遅くとも二十時くらいだろうし、そんなに遅くまでやってる居酒屋自体存在しないのだが。


 でも、急に何も言わずに帰省した娘に対して「いつでも帰ってきていいのよ」と、洗い物をしながら優しくつぶやいた凛のお母さんと、照れつつも嬉しそうな顔で感謝を伝える凛の顔を見ていると、こんな田舎も捨てたもんじゃないと思った。


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いつもお読みいただきありがとうございます。

次の更新は、11/12 or 13の予定です。

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