第16話 愛桜さんと地元トーク 上
次の日は、やることも無くて暇だったので、
どうやら、院生時代にお世話になった教授へ会いに行くらしい。
凛のお父さんが車を出してくれて行きは非常に快適だったが、帰りは県の中心部からバスで帰ってくる必要がありそうだ。
待ち合わせ場所は、教授の勤めている大学の校門の前である。
そこは地域ごとにある公立の大学で、偏差値はそこそこながらも、地元の就職では圧倒的な強さを誇る盤石な大学だ。
僕と凛には縁もゆかりもない大学だが、もし東京に出ていなかったらここに通っていた未来もあったのかもしれない。
そう思うと、何の変哲もないコンクリート作りの研究棟でさえも、親近感を覚えてくるのが不思議だ。
待ち人は、時刻ぴったりに現れた。
教授と聞いていたので勝手に年配の男性を想像していたのだが、現れたのは三十代後半くらいに見える女性だった。
このクソ暑いなか、つるりとした素材の白い長袖のシャツで、しっかり肌をガードしている。
ただ、本人も暑いと感じているのか、しきりに手で顔を扇いで涼もうとしているので、もしかすると研究室のエアコンの温度設定が低いまま出てきてしまっただけなのかもしれない。
愛桜は、さっそく用事を済ませようとカバンのなかから資料を取り出した。
「先生! この資料ありがとうございました」
「いいのよ。こちらこそ、わざわざ来てもらってありがとうね。そちらの子たちは?」
「同じゼミの後輩です。実はこの辺りが地元らしいので、観光がてら一緒に来てもらいました!」
「そうなのね。私もこの辺りで育ったの。会えて嬉しいわ」
僕と凛は、愛桜の後ろから一歩横にずれて教授と目を合わせ、軽くお辞儀をした。
それから、愛桜の近況や過去にしていた研究について僕たちを交えて軽く話していると、教授が皆をまとめるように言った。
「ここで立ち話もなんだし、一緒に昼ご飯でもどうかしら?」
「はい。ぜひお願いします! 与一くんと凛ちゃんも、いいよね?」
「もちろん大丈夫です。よろしくお願いします」
そのような流れで、推定三十年間この街に住んでいる教授に連れられて行ったのは、僕のよく知る店だった。
地元ではけっこう知られている中華の名店で、僕も子どもの頃から何回も連れて来てもらったことがある。
どうやら凛も、ここで食事をしたことがある様子だ。
家族で経営しているような小さい町中華だが、多種多様なメニューがあって、特にハンバーグがおいしくて評判だ。
もはや、それはまったく中華ではないような気もするが、気にしてはいけない。
僕が小さかった頃は、何かお祝いごとがあるとこのお店に連れて行ってもらったものである。
教授も、同じように昔からこのお店に通っていたのだろうか。
とても慣れた様子で空いている席に腰かけると、すぐに全員分のコップを並べてお冷を注ぎ始めた。
「このお店、おいしくて大学にも近いし、よく来るのよ」
「いいですよね、この店。僕、小さい頃からたまに来ます」
「私もよく来てました!」
「あら、煙山さん以外は皆さん来たことあったのね。さあ、注文しましょうか」
愛桜以外のみんなは注文するものが決まっているようなので、メニューの向きを愛桜の方向にしてテーブルに置いた。
愛桜は、メニューの種類の多さに感嘆しながらも、心無しか少し急いだ様子でページをめくっている。
「みんな来たことある店なんですね! オススメのメニューってあります?」
「私は、生姜焼き定食をよく頼むわ」
「私は、チキン南蛮ですかね」
あ、各々のおすすめが全然ハンバーグじゃなかった。
でも、みんなにとって好みのメニューがあるのは、けっこう凄いことなのかもしれない。
とりあえず、中華屋ということは一回忘れよう。
それを皮切りに、このお店についての思い出を語り合っていると、五十代くらいの人懐っこい笑みを浮かべた店主が近くに寄って来た。
「お、鶴野さんのところの与一くんじゃないか。凛ちゃんも一緒なんだね」
「そうなんです!」
「東京から帰ってきたのかい?」
「はい! 明日にはまた東京に帰りますけど」
「そうなのかい。忙しいね。でも、二人とも元気そうでなによりだ」
たぶんこのお店に来るのは一年ぶりくらいなのだが、覚えていてくれたらしい。
小さい頃からたまに来ているので、未だに子ども扱いされるが、社会人になってからだとむしろ新鮮だ。
店主は教授とも知り合いなのか、同じようにフレンドリーに話しかけ始めた。
「休日に先生がおられるの珍しいね」
「たしかに、いつもは大学の昼休みですからね」
「そうそう。今日はどうしたんだい?」
「今日は、私の教え子と来ているんです」
店主は、そこで愛桜に目を向けると「はじめまして」と挨拶を交わした。
それから名前や出身地、家族構成などの初対面トークが駆使された結果、二人はすぐに打ち解けているみたいだった。
少し愛桜が疎外感を覚えていないかと心配していたが、杞憂だったみたいである。
会話がひと段落すると、それぞれ注文を終え、思い思いに舌鼓を打って店を出た。
お会計は、教授がすべて持ってくれた。大人ってすごい……。
ちなみに、愛桜は僕のおすすめしたハンバーグをおいしそうに食べていた。
なんか勝ったみたいな気持ちになったのは内緒である。
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今回もお読みいただきありがとうございます。
ストックを作るために間が空きまして、次の更新は11/18です。
[2024/12/24更新]
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