第20話 愛桜と朝帰り 上

 僕たちがみんなで日本酒の徳利を空にした頃、顔色の変わらないダニエルが思い出したように聞いてきた。

 

「与一って、今どこに住んでるんだっけ?」

「千葉と東京の境目ぐらいのとこ」

「そうなんか。じゃあ、俺と近いな。チ〇バくんで言うとどのあたり?」

「あー、強いて言うなら……吐息?」

「体外じゃねえか! でも、東京のあの辺か。完全に理解した」


 千葉県民は、チー〇くんの体で座標を把握することができるというのは、どうやら本当のようだ。

 ちなみに、ダニエルはチ〇バくんの肩甲骨あたりに住んでいるらしい。どこだよ、肩甲骨。

 

 そんな話をしていたら、首元まで薄いチー〇くん色に染まった愛桜あいらが、「はいはい」と手を上げて割り込んできた。

 

「私は武蔵野市! 都民さまですよ?」

「はいはい。二十三区外は雑魚な」

「うるさい! 我、シティガールぞ?」

「かわいそうに……。ごみ出すのにお金かかる人じゃん」

「どんな切り口よ。うん。でも、それに関しては、ほんとに負けた気分になるんだよね……」

 

 イキってフェードインしてきた愛桜が、すぐに最初の勢いを失っていじけていた。

 酔った人は情緒不安定になりがちである。心を強く持とう。


 僕は、人数分のお冷を頼むと、デザートで頼んだレモンシャーベットを食べた。

 舌の上で溶けていく心地よい冷たさに、心なしか頭がシャキッとした気がする。

 

 場の空気もいい感じにクールダウンしてきたので、僕は二人に飲み会の終了を切り出した。


「さて、そろそろ店を出ようか」

「えー! 私、二次会行きたい!」

「俺もまだ話し足りないかな」

「とは言っても、二次会行ったら終電無くなるぞ?」


 残念なことに、シャーベットとお冷では、二人の熱を冷ますには足りなかったらしい。

 とはいえ、久しぶりに再会した三人でまだ話していたい気分ではある。


 結果、駅に近いサクッと飲める立ち飲みバーで飲むことにした。

 各自レジでお酒を注文すると、背丈の高いカウンターに僕、愛桜、ダニエルの順で三人並んで立った。


 薄暗い店内はどこか落ち着いた雰囲気で、スポーツ中継が映っているモニターだけが光っている。

 ただ、客層が若めということもあって、和気あいあいとした賑やかな話し声が響いていて、そのアンバランスさが案外心地よい。


 最初はみんなでゆったりと話していたのだが、途中で愛桜が机に突っ伏して寝始めた。

 愛桜が聞いていないのをいいことに、ダニエルが話を恋愛方面に持っていく。


「与一って今彼女いないの?」

「いないな。ダニエルは?」

「俺もいない」


 ダニエルはモテそうなのに、意外だった。

 たぶん、彼女を作ろうと思えば作れるけど、作っていないだけだろうな。

 僕が言うと負け惜しみに聞こえるが、ダニエルが言うとそう聞こえないのはずるいと思う。


「与一って、昔は後輩と付き合ってなかったっけ?」

「先輩とも同期とも後輩とも、各一回ずつは付き合ったことあるぞ」

「そうだったんか。与一モテるやん」

「計三人だし、別にこの年なら平均くらいじゃない?」

「じゃあ与一は、先輩と同期と後輩だったら、どの年代が好きなん?」

「僕は……」

 

 ダニエルに言われて、少し考えてみる。

 先輩だと面倒見がよくて頼りがいがあるし、同期だとリラックスして気兼ねなく過ごせるし、後輩だと頼ってもらえてリードできるだろう。

 

 つまり、どの年代の異性にもそれぞれの魅力があって、どれも捨てがたいということだ。

 

 ふと、それらの属性をすべて網羅している愛桜の顔が思い浮んで隣を見ると、どうやら狸寝入りをしているようなので声をかけてみる。

 

「愛桜、起きてるよね?」

「あっ、バレた? 元演劇部である、この私の偽装を見破るとはなかなかやるね」

「で、どこまで聞いてた?」

「与一、モテモテじゃーん」

「ちょっと黙ってようか愛桜」

「はーい」


 愛桜は楽しそうにそう言うと、自分の指を口の前でクロスさせて、バツ印を作った。


「お口はミ〇フィーちゃん的なやつね」

「いや、メタグ〇スちゃんのつもりだった」

「だいぶ厳ついな!」

 

 一度起きてボケを挟んだとはいえまだ眠気があるようで、愛桜は再度両腕をテーブルの上に投げ出して突っ伏す姿勢を取った。

 

 今度こそ、そろそろ解散した方がよさそうなので、僕は再度二人に飲み会の終了を告げる。

 ダニエルはすぐに同意してくれたが、やっぱり終電には間に合わなさそうだ。

 

「じゃあ、方面途中まで同じだし、俺らは一緒にタクシー乗って与一の家方面まで帰るか」

「そうしよう。愛桜はどうする?」

「帰るのめんどくさい……。与一……家泊めて……」

「それがいいかもな」

 

 そう言って会計をした後、ダニエルはその長身を活かしてタクシーを止めると、颯爽と乗り込んだ。

 僕と、僕の肩に寄りかかっている愛桜も、それに続いて後部座席に乗り込む。


 タクシーは、道幅の広くて見通しのいい国道二五四号線を道なりにまっすぐ進むと、都道三一五号線へと乗り入れた。

 静かな車内では、テレビで見たことも無いような企業のコマーシャルが、自己主張の激しい光を放ちながら永遠と流れている。

 きっと、ビジネスマン向けの広告なのだろうか。

 

 隣の愛桜は、ずっと僕の肩にもたれかかってきたままだ。

 あまりその感触を考えないようにするために、興味もない広告の内容に思考を集中する。


 そうしたら、タクシーはいつの間にか僕の家の前まで到着していた。

 眠そうな愛桜に声をかけて、お金を払ってタクシーを降りる。


 ドアを閉めると、ダニエルは窓を開けて僕たちに手を振ってきた。

 

 「じゃあ、俺は帰るわ! また三人で飲みに行こうな!」


 本当に帰ってしまった。

 別に、ダニエルもうちに泊まっていってもかまわないのに……。


 こうして、僕はほろ酔い状態のまま、寝落ちしかけている愛桜と、うちで二人きりになったのだった。


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今回もお読みいただきありがとうございます。

長かったので、上下で分けました。次の更新は、明日の11/29です。

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