第24話 愛桜にできること 下

 その後、ノルウェーとデンマークの大使館に送ったメールは、一日を待たずに無事に帰ってきた。

 愛桜あいらの交渉術が光ったのか、どちらの国もわりと乗り気になってくれたらしい。


 企画の内容の文化的・風俗的な裏付けを取ってくれることにくわえて、もし無事に商品化した暁には、SNSなどで宣伝してくれるようだ。

 すごく身も蓋もないまとめ方をすると、自国に不都合が無いようにプレゼンの品質は担保しつつ、お金は出せないが多少の時間と知名度は貸してあげるよ、ということになる。

 

 まだ口約束だが、その国の文化を広めるという目的を持った大使館側にとってデメリットはあまりないので、実現可能性は低くなさそうだ。


 これらのことを山崎さんにも報告した後、自席へと戻る途中に僕は愛桜へと話しかけた。

 

「しかし、さすが煙山さん。鮮やかな手腕でしたね」

「ありがとうございます」

「まさか、こんなにスムーズに大使館の承諾がもらえるとは思ってもいなかったです」

「それなんですけど、実は……」


 愛桜は、再びお礼を言いながらも、周囲の人には聞こえないように僕の耳のそばでつぶやいた。

 耳に当たる吐息がこそばゆい。

 

「この件、ダニエルにも協力してもらったんだよね」

「あ、そうなんだ」

「うん。この大使館の人、ダニエルの上司の友達らしいんだ」

「え? そうなのか!?」


 僕は驚いて、普通の声量で愛桜に聞き返してしまった。

 愛桜は、少し眉をひそめた後、「もう……」と言って、再び僕の耳まで口を持ってきて続きを話し出す。


「うん。この前のバーベキューで、私が少し……ほら……。荒れてたことがあったじゃん」

「……えっと、少し?」

「そう。……ほんの少しだけね!」

「……ソウダナ」


 僕は、この前のバーベキューと聞いて、愛桜がウチに来たことを思い出した。

 お風呂あがりや寝起きの、いつもより油断してリラックスした愛桜の顔がまぶたの裏に浮かぶ。


 すぐに、僕がその想像を頭をぶんぶんと振って払うと、愛桜はきょとんと不思議そうな顔をした。

 いや、そんな顔をされても、今の行動の根本的な原因は、目の前の愛桜のせいなんだが……。


 なお、「少し荒れた」というには酔いすぎていたような気もするが、本人の名誉のためにここは話を合わせてあげよう。

 

「……そこで、私にできることは何だろうってダニエルに相談しててさ」

「そんなことがあったんだ」

「うん。だから、私の取り柄を活かしたことは何だろって考えて、こうやって色んな人へ連絡を取ってみることにしたの」

「それはいいね」


 もし、僕がその場にいたとしても、きっと僕もダニエルと同じことを伝えていたと思う。

 愛桜は、愛桜の良さを活かせばいいのである。

 

 というか、愛桜はサラッとメールを作成して連絡を取っていたが、まず第一に外国の大使館にメールを送って協力を仰ごうという発想が出てこない。

 連絡を取ることができたとしても、その後のスケジュールや各国の思惑の調整も、だいぶハードルが高くて躊躇するだろう。

 

 このあたりは、愛桜の得意分野を十分に活かした作業であり、碧と響もそうだが、後輩が優秀すぎて困る。

 この三人に任せておけば、僕がやらなくてはいけないことなんて、もはや無いのでは……。


 ここは会社なので立場上は僕の方が先輩で上なのだが、僕を遥かに超えて活躍する愛桜を見ていると、僕が愛桜の先輩でいられる期間はそこまで長くはないかもしれないなと思った。

 

 ほんの一瞬だけ、モヤッとした気持ちが沸きあがった。そこでふと気づく。

 もしかしたら愛桜も、高いデザインスキルを持つ碧と響に対して、こんな気持ちを抱えていたのではないだろうか。


 僕からしてみれば、愛桜も碧や響に引けを取らないくらいすごいことをやっているように思えるのだが、本人は自分のできることを過小評価しがちというのは、よくあることだ。

 

 お互いがお互いのことを意識して切磋琢磨する分には良いことに違いないが、行き過ぎて空回りしないように注意深く見守っていこう。

 それが今、――今だけかもしれないが、愛桜の先輩である僕のやるべきことだと思った。


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今回もお読みいただきありがとうございます。

次の更新は、12/21 or 22 の予定です。

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