第9話 愛桜ちゃんと配属ガチャ 下
僕と
そのまま一緒に電車に乗り、各駅停車の電車しか止まらないような、降りたことのない駅で降りた。
ただ、駅名になぜか聞き覚えがあったので、誰か知り合いが以前に住んでいたような気もする。
そのぐらいの認知度の駅だ。
愛桜に着いて行って改札を出た後、一つしかない出口から外に向かう。やがて、愛桜は薄汚れた大きなビルのドアを開けた。
そのまま大股で廊下を進んでいき、ビルの外見通りに年季の入った店構えの中華料理屋の横を通り過ぎる。
看板には『
そしてこんな冗談を言える空気でもなく、僕たちは突き当たりのエレベーターに入って最上階のボタンを押した。
エレベーターがゆっくりと動き出す。
エレベーターが最上階の二十階に到着するまでの間、僕たちは無言だった。
エレベーターの中は誰でも思わず無言になってしまうものだけど、いつもの沈黙とは何か違う重々しい雰囲気が漂っている。
僕がその違和感の理由を考えていると、愛桜の視線が増えていくエレベーターの階数パネルではなく、ドアと床の境目に向けられていることに気づいた。
沈黙を破って愛桜に声をかけようとしたところで、エレベーターが目的地に着いたことを告げる。
ドアが開くと、思わず顔を手で覆ってしまうくらいの強めの風が吹き込んできて、足を止めてしまった。
「……おーい鶴野ー。野球しようぜ」
ドアから出て先を歩いていた愛桜が、立ち止まってこちらを振り返り、さっきより少しだけ明るい表情で言う。
その愛桜の言葉で、僕はここがバッティングセンターであることに気づいた。
「分かった。じゃあ、どっちが多く打てるか勝負しようか」
「いいよ! ちなみに与一、野球やったことあるの?」
「無い。が、体育の授業で少しはある」
「ちなみに、私も無い! よし、負けた方が缶ジュース奢りね!」
愛桜は、なぜか自信たっぷりに言うと、「九〇キロ・右」と書かれたブースに入っていって、バットを取った。
そのまま、流れるような動作で機械にお金を入れると、ブースの外の網目状のドアの前にいる僕の方を見た。
「じゃあ始めるよ?」
「磯野!
「えっと……? たぶん磯野違いじゃないかな」
「え? いや、これがないと勝負は始まらないだろ?」
「え? ……わ、分かった! うおー、
きょとんとした顔の愛桜は、勢いよく緑色のスタートボタンを押して疑問符を吹き飛ばし、バットを構える。
たぶん元ネタを知らないであろう愛桜が、ノリだけで正解を当てているのはちょっと面白かった。
そして、満を持して投げられた一球目を、――盛大に空振った。
「与一! このピッチングマシン、フォーク投げてくる!」
「いや、打ちごろのストレートにしか見えんぞ」
「そんなはずは……。なんと小癪な……!」
その後も、愛桜は空振りを続けた。
八割くらいボールが飛んできた頃、愛桜が一旦バットを構えるのを止め、空を見上げて嘆いた。
「全然打てなーい! どうしたらいいのかな?」
「なんだろ。ストレスとかを叫びながら打てば、気分が乗るんじゃない?」
「いいね。それ、やってみる!」
愛桜は、大きく息を吸い込んでバットを構えなおした。
ピッチングマシーンがガタガタと音を立て、レーンの上をボールが転がり、そのボールが勢いよく発射される。
ボールが飛んでくるのに合わせて、愛桜がバットを振りつつ大きな声で叫んだ。
「なんで言ってることが上司ごとに違うの!」
カキーンという快音がして、ボールが左斜め前に打ち返される。
よしっと愛桜がガッツポーズをし、次以降のボールに対しても同じように叫び続けた。
「雑務が多すぎ! 効率化して!」
「山崎さんが怖い! 何考えているか分からない!」
「入社前に人事と聞いてたことと違う!」
「私はこの仕事をやりたくて、うちの会社に入ったんじゃない!」
愛桜が思い思いに叫んでボールを打ち返すと、そこでボールが無くなったのか、ピッチングマシーンは動かなくなった。
それを確認すると、愛桜は元にあった位置にバットを置き、網目状のドアを開けてブースの外へと歩いてきた。
最後の方はかなり気持ちよさそうに打てていたのに、ナイター用のライトの人工的な光に照らされる愛桜の顔は、どこか浮かない表情をしている。
「そうなんだよね……。私は営業をやりたくて、うちの会社に入ったわけじゃない」
「愛桜……」
「でもね。うちの会社の商品は好きだし、別に転職とかをしたいわけじゃないんだ」
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[2024/12/11更新]
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