第15話 Sランク冒険者の訪問
マルグレブの町外れに建つ小さな一軒家。
豊かな森を背景にした赤い屋根の家は、幻影魔法使いリッカの今の城だ。壁は素焼きのレンガで大きな窓に白いカーテンが揺れている。ドアは飴色の木製で、ドラゴンの頭部を模したドアノッカーがついていた。
その持ち手部分をコンコンと叩く者がいる。
「はぁ~い」
「やぁ、リッカ。こんにちは」
訪問者はSランク冒険者のトウジだ。
先日ギルドの依頼で一緒にダンジョンに潜ったやたら綺麗な男で、今も後光が射しそうな爽やかな笑みを浮かべている。
「こんにちは。先日はお世話になりました」
つられて挨拶を返したものの、いったいなんの用だろう?
(それに、どうして私の家を知っているの?)
トウジに住所を教えた覚えはない。不思議に思ったが、その答えはすぐにわかった。
「こちらこそ。あのときは楽しかったよ。今日はギルド長に頼まれて結果を伝えに来たんだ。この家もソーコーが教えてくれたんだよ」
そう言われれば、結果の連絡先をギルド長には伝えてある。
「えっと……トウジが直接?」
リッカは少しびっくりした。てっきり手紙で通知が届くものだと思っていたからだ。
「うん。口頭で悪いけど……リッカは、今までどおりCランク冒険者ということに決まったよ。そうすると新たなギルド証の発行もないし、だったら俺が直接伝えに来た方が早いかなと思ったんだ」
「あ……はい。ありがとうございます」
たしかにそれが最速だ。リッカは納得して礼を言う。
(別にそこまで急いで結果を知りたかったわけじゃないんだけど……っていうか『俺』? トウジって自分のことを『俺』って言っていたかしら?)
ちょっと違うような気がするが……本当に違ったかと言われると自信がないリッカだ。なので、その件には触れないことにする。
(それにしてもCランク? てっきりFランクまで落ちると思っていたんだけど)
ダンジョンでリッカはすべてビィア任せだった。……まあ、ビィアはリッカの幻影なので『ビィアがする=リッカがする』と同じではあるのだが、ポンと幻影を出したきり後はお任せで! というのは、ちょっと体裁悪く見える。
そのせいか、ダンジョンでは本来十階まで行くところを五階で切り上げられたのだ。早々に見切りをつけられたと思っていたのだが――――。
(案外高評価だったのかしら? ……トウジがうまく言ってくれたのかな?)
考えこんでいれば、トウジが心配そうに声をかけてきた。
「……ひょっとして、納得いかない? Aランクになりたかったとか?」
どうやら決定に不満があるのではないかと誤解されたらしい。
「ううん! 私はCランクで十分満足よ。……っていうか、Cランクも分不相応じゃないかと思っていたんだけど――――」
慌てて否定すれば、トウジは「そんなことないよ」と笑ってくれた。
「リッカのダンジョンでの行動は、とても冷静で適切だった。危なげがまったくなくて安心して見ていられたし……俺としてはもっと上のランクでもいいんじゃないかと思ったくらいだ」
トウジにはずいぶん認めてもらっているようだ。
そんなことないのにと思いながらも、褒められれば嬉しい。思わず頬が赤くなる。
「ありがとう。……でも、私はCランクで十分満足だから」
「うん。たぶん君はそう言うと思ったんだ」
ふたりは……なんとなく見つめ合った。
(本当に綺麗な人だなぁ)
ボーッと見つめていれば、トウジが「あっ」と声を上げる。
「忘れるところだった。お祝いを持ってきたんだ」
「お祝い?」
「ああ。ランクが変わらないのにお祝いっていうのも変かなと思ったんだけど、きっとリッカは喜ぶんじゃないかって思ったから、お祝い。……ちょっと重いモノだから家の中に入ってから出してもいいかな?」
ポンポンとトウジは、自分のマジックバッグを叩く。どうやらそこに『お祝い』が入っているらしい。
リッカは、少し迷った。今までこの家に他人を入れたことがなかったからだ。
(でも、トウジだし。わざわざお祝いを持ってきてくれるなんて、親切な人よね?)
Sランク冒険者だということも信頼を置ける理由になる。
(一緒にダンジョンに潜った仲だし――――)
「どうぞ」
結局リッカは少し体をずらしてトウジを中へと招いた。
「ありがとう」
言うなりササッとトウジは動く。あっという間に家の中に入り、キョロキョロと周囲を見回した。
(……えっ、早くない?)
なにを急いでいるのだろう?
「…………ビィアは?」
呆気にとられて見ていれば、トウジはそんなことを聞いてきた。
「あ、今日は呼んでないの」
幻影魔法を使わなければ、当然ビィアは現れない。リッカも始終幻影魔法を使っているわけではないのだ。
(特に前のアパルトマンはペット不可だったから、なんとなくビィアも出しづらかったのよね)
ビィアは幻影でペットではないのだが、見かけはまるっきり猫なので誤解されてしまうことが多い。それをいちいち言い訳するのも面倒くさくて、あまり呼ばなかった。
一軒家のここならそういう問題はないのだが……今度は、ビィアばかり長時間側に置くと、他の幻影たちが拗ねてしまうという問題が出てくる。
(うちの子たちは、みんないい子なんだけど……さすがに全員は呼べないのよね)
どんなに広い家でも無理だ。リッカが今まで創った幻影は、とても多いのだから。
ビィアはリッカが最初に創った幻影なので、他の幻影たちも多少は特別扱いしても怒らないのだが……ただし、本当に多少だけ。限度を超えるとものすごく怒ってしまう。
「ビィアに会いたかったんですか?」
今日は呼ばないようにしようとしたのだが、トウジが会いたいと言うのなら理由がつく。きちんと説明さえできれば、他の幻影たちも納得してくれるので呼ぶのも可能だ。
トウジは少し考える素振りを見せた。やがて首を縦に振る。
「そうだな。会えると嬉しい」
「わかったわ。今呼ぶわね! ……ビィア」
リッカの声が響くと同時に、待ち構えていたようにその場に黒猫が現れた。
リッカの足に体を擦りつけたビィアは、なんとなくだが機嫌が悪そうに見える。
「ビィア?」
「こんにちは、ビィア。会えて嬉しいよ」
トウジは黒猫に爽やかな笑顔を向けた。
ビィアはそんなトウジをジッと見上げる。
……その後、尻尾を苛立たしそうにひと振りして背を向けた。身軽にピョンと棚に上ると、体を丸めて寝る体勢になる。
「ビィアったら! ちゃんと挨拶してよ」
怒るリッカをトウジが宥めた。
「大丈夫だよ。俺がビィアと会うのは今日が二回目なんだ。警戒されても仕方ない。……でも、俺はビィアと仲良くなりたいから、今日はビィアにもプレゼントを持ってきたんだ」
「ビィアにも?」
「ああ。今出すね。――――まずは、リッカへのお祝いから」
そう言ってトウジがテーブルの上に出したのは、なんと! 家庭用の製麺機だった。
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