第10話 急に帰ることになりました
リッカは……正直意味がわからない。
「なんですか? 幻影魔法が幻影魔法じゃないって」
文章的にもおかしいだろう。
ムッとして言い返すリッカに対するトウジの態度は、幼い子どもに言い聞かせる大人のよう。
「幻影とは、実際には存在しないのに存在しているように見えるものだろう? なのに、君のビィアは存在感がありすぎるんだ」
だからなんだと言うの?
「それは、私の幻影魔法が変わっているせいだと思います。……でも、存在感があるからって幻影じゃないってことにはなりませんよね?」
その証拠に、幻影のビィアはリッカの魔法次第で自由自在に姿を現したり消したりできる。いくら存在感があるからといって、実際に存在しているわけではないのだ。
「いや、どう考えても幻影ではないからね。そもそも、触れられる時点で幻影とは言えないよ」
「触れられるからいけないんですか? ビィアは触れられないようにもできるんですよ。さっき、ドアをすり抜けたのを見たでしょう?」
そのくらいビィアにはお手のものだ。触れられるのがダメだと言われるのなら、ずっと触れられないようにすればいい。
(すべすべの毛並みを撫でられないのはちょっと惜しいけど……大丈夫! 人前で触らなければOKだもの。家で滅茶苦茶撫でまくってやるわ)
リッカの言葉を聞いたトウジは、頭を抱える。
「両方できるのも問題だよ。……要は、君は君の思うままに、どんなことでも可能な存在を創れるってことだろう?」
「……それほど思いどおりに創れるわけじゃありません」
「そうかな? 私にはそう見えなかった」
トウジの目は真剣だ。真摯にリッカになにかを伝えようとしているように見える。
しかし、リッカにはそのなにかがなになのかわからない。理不尽なイチャモンをつけられて不満が募るばかりだ。
「たとえ思いどおりに創れるんだとしても、それが幻影魔法じゃないってことにはなりませんよね?」
ジロリとトウジを睨んだ。
「あきらかに幻影ではないものを創る魔法を幻影魔法というのは、間違っている」
「私の魔法は、幻影魔法です!」
「いや違うよ。君の魔法は創造――――」
トウジがそこまで言ったときだった。
「ニャァ~ン」
リッカの足下から、可愛い鳴き声が響く。
「え? ……ビィア? なになに、どうしたの? ビィアが鳴くなんて珍しいわね」
もちろんそれはビィアの鳴き声だ。可愛い黒猫に呼ばれたリッカは、トウジなど放りだし、すぐにビィアに集中する。
リッカの視線を受けた黒猫は、スタスタと歩くと宝箱の横に座りタシタシと尻尾で箱を叩いた。
「あっ! そうだわ、私の小麦! まずい。早く取らないと宝箱ごとなくなっちゃう!」
ボスを倒して得た宝箱は、一定の時間が過ぎるとボス同様消え去ってしまうのだ。その前に中身を取りださなければ、当然中身も一緒になくなってしまう。
「ビィア、教えてくれてありがとう。トウジ、手伝って!」
多少言い合いはしたが、宝箱が消える事態の前では些事だ。リッカは小麦の袋に手をかけながら助けを頼み、トウジも慌てて手伝ってくれる。
力を合わせて引っ張り出した小麦は、二十五キロの袋で三つもあった。しかも薄力粉、中力粉、強力粉と種類も揃っている。
「やった! これで当分パンもお菓子も作り放題だわ。早くしまわなくっちゃ!」
小麦粉に頬ずりしそうな勢いで、リッカはいそいそとマジックバッグにしまいこむ。
「トウジもありがとう! 今度パンを焼いたらお裾分けしますね」
心からお礼を言ったのだが、返事がない。
(いやだわ。まださっきの話を気にしているのかしら? 幻影魔法だとかそうじゃないとか、ちょっとした見解の相違でしょうに)
リッカはそう思う。Sランク冒険者のくせに、小さなことに拘るのだなと呆れながらトウジの方を見れば――――なぜか、彼はビィアと見つめ合っていた。
背の高い男と小さな黒猫。対面に立った一人と一匹は、微動だにしない。
「えっと? ……ビィア? ……トウジ?」
なにをしているのかと思って声をかければ、黒猫がパッと振り向いた。
「ミャァ~」
可愛らしい鳴き声をあげたビィアは、タタタとリッカの方に走ってくる。足に体を擦りつけてきた。
「ビィアったら、今日は甘えたさんなのね。もうっ、やっぱり最高に可愛い私の幻影なんだから! ……トウジもそう思うでしょう?」
これほど愛くるしいビィアを見れば、トウジだって異論はないに決まっている。自信満々に視線を向けた先には、なんだか具合の悪そうなイケメンがいた。
「え? どうしたんですか?」
顔色がずいぶん悪い。
「あ……ああ、いや。なんでもないよ」
額に汗も滲んでいるようだ。
「そうですか? 具合が悪いみたいですけど――――」
「大丈夫だよ。……それより、今日はこれで終わりにしないか?」
「は?」
……突然なにを言いだしたのだろう?
「今日は十階まで行くんですよね? まだここは五階ですよ」
「いや。君の実力はもう十分わかった。これ以上続ける必要はないから帰ろう」
そんなことを言われても。
「……ちなみに、どういう結果になったんですか?」
今日のトウジの目的は、リッカがAランク冒険者に相応しいかどうか見極めることだ。リッカとしては、できればAランク冒険者になりたくないので、トウジがどんな判断をしたのかとても気になる。
「それは……今ここでは言えないかな。最終的に決定するのは、ギルドだし――――」
まあ、それはそうかなと思う。
(でも、本来十階までいくところをその半分で切り上げるって……なんでだろう? 私がここまででやったことって、ビィアの幻影を出しただけなんだけど?)
他に冒険者らしいことはなにもしていない。しかも、その幻影も『幻影魔法じゃない』なんてダメ出しをされたくらい。
(どう考えてもいい評価じゃなさそうよね? ……でもそれって、私にとっては願ってもないことじゃないかしら!)
きっとトウジは、リッカをAランク冒険者にするなんて、とんでもないことだと言ってくれるに違いない。Cランク冒険者であることすら分不相応だと声高に主張するのではなかろうか?
(……いいわね! やっぱり目標はFランク冒険者だわ)
そうすれば、誰にも注目されずに最低限の生活費を稼ぐ分だけの依頼を受けて暮らしていけるに違いない!
「わかりました。帰りましょう」
そこまで考えこんだリッカは、トウジの提案を食いつき気味に了承した。
「ああ。今日の結果は、明日にでもギルド長から連絡があると思うよ。……大丈夫。君の実力はしっかりソーコーに伝えるから」
トウジは真面目な顔で告げてくる。
「はい! 遠慮せず見たままを伝えてもらってかまいませんからね」
そうすればランク落ちは確実だ。
リッカは、自分がCランク以下の冒険者としか判定されないことを確信し、ニッコリ笑ったのだった。
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