第11話 ◇Sランク冒険者の推察1◇

「ずいぶん早いお帰りだな」


 慣れ親しんだ冒険者ギルドのギルド長室。素朴だが重厚な応接セットのソファーに、トウジはギシリと体を沈める。


「なんだ? いやに疲れているようだが……この時間に帰ってきたんだ。ダンジョンは二、三階辺りで引き返してきたんだろう?」


 そのトウジの向かい側に座り、先ほどから話しかけてきているのはソーコーだ。今回トウジに、いわくつき冒険者――――リッカの見定めを依頼した張本人で、マルグレブ冒険者ギルドのギルド長。トウジよりはかなり年上なのだが、出会ったときより馬が合い気の置けない友人みたいになっている。今日もスキンヘッドがキラリと陽光を弾いていた。


「……いや、五階まで行ってきた」


「そりゃかなりのスピードだな。そんなに順調だったなら、どうして十階まで行かなかったんだ?」


 ソーコーが疑問に思うのも当然のこと。トウジが朝冒険者ギルドを出たのは、今からまだ二時間ほど前でしかない。ダンジョンまでの往復時間を差し引いたとしても、実質彼がダンジョン内にいた時間は一時間に満たないだろう。


「いくら五階までとはいえ、こんなに早く攻略してくるなんてな。……ひょっとしてダンジョン内の戦闘は、全部お前任せだったのか? それで、リッカの戦闘能力に見切りをつけて途中で引き返してきたとか? ……まあ、彼女は幻影魔法使いで攻撃魔法が使えないと言っていたから、仕方ない面もあるんだろうが」


 眉をひそめるソーコーは、リッカがダンジョン攻略をまるっきりトウジにさせたと思っているようだ。


「いや。俺は今回一度も戦っていない。それどころかアドバイスのひとつもしなかった」


 初対面やあまり親しくない人間に対して、トウジは『私』という一人称を使う。気心の知れた相手に対しては『俺』で、ソーコーは後者だ。


「本当か? それでいったいどうやって五階まで攻略したんだ?」


 ソーコーは、思わずといったふうに身を乗りだした。

 トウジは、疲れたように目を閉じる。


「幻影魔法だ――――リッカのではな。彼女は黒猫のをだして、その猫があっという間に五階までクリアした」


 トウジの言葉を聞いたソーコーは、目をむいた。


「はぁ~っ!? なんだそれ? 幻影が戦えるはずないだろう!」


「信じられんよな。俺だって、いまだに信じられん。……ともかく聞いてくれ」



 トウジはそう言うと、リッカとの出会いから今までの出来事をソーコーに語って聞かせた。話ののっけから驚いていたソーコーだが、トウジの話を聞けば聞くほど驚愕の表情がひどくなる。パカンと開いた口をなんとか閉じて、ゴクリと息をのむと……大声で怒鳴った!


「な、なんだ、その猫は? 魔獣を怖がらせたのはともかく、ダンジョンの仕掛けを見破って尻尾を光らせた? おまけにがあるだと! ――――そんな幻影があってたまるか!」


 ソーコーの言葉にトウジはウンウンと頷く。


「そうだよな。アレは絶対!」


 そこをなにより主張したいトウジだ。



「――――しかし、幻影ではないとしたら、いったいなんなんだ?」


 興奮をなんとか収めたソーコーは、ソファーに深く腰かけ考えこむ。

 今度はトウジが身を乗りだし、ソーコーの耳に顔を寄せた。


「それだが……俺は、リッカが使っているのは『創造魔法』じゃないかと思っている」


 ヒソヒソと囁く。


「創造魔法!」


 ソーコーは大声で叫んだ。

 トウジは人差し指を唇に当て「シー」と注意する。ギルド長室の防音は完璧なのだが、話の内容が内容だから、誰にも聞かせたくない。


「リッカは、自分の魔法の力だけで、なにもないところに実体のあるモノを創りだしていた。……そんな魔法は、創造魔法としか言えないだろう」


 モノを作る魔法は、他にもある。

 たとえば錬金術――――その辺に生えている薬効のある草からポーションを作ったり、ただの石塊いしくれ金塊きんかいに転じたりする魔法だ。他にも土魔法で土を練り上げ土塀や建物を造れる者もいるし、緑の手という魔法を使って小さな種をあっという間に大木に育てることができる者もいる。


 ただし、どの魔法もなにかしらの材料があってのもの。その材料を魔法の力で変化させたり育てたりする魔法ばかりだ。


 ――――『無』から『有』を創ることはできないのである。


 対してリッカの幻影魔法は、なにもないところに幻影を生みだす魔法だった。もっともそれが本当に幻影であれば、幻影はなきに等しいモノ。つまり幻影魔法は『無』から『見える無』へと変化させる魔法であって、特段騒ぎ立てるようなものではなかったはずだ。

 しかし、その幻影に実体があるのなら、それは間違いなく『無』から『有』への創造魔法と言えた。



 ――――創造魔法とは、神話やおとぎ話の中にしか出てこない伝説の魔法のことだ。古今東西使えた者はいず、誰ひとり使えるとも思っていない架空の魔法。



「……創造魔法なんて本当にあるのか?」


 だからこそソーコーが信じられないのも無理なかった。

 トウジとて、実際に己の目で見て……なおかつ自分が持っていたがなければ、思いもつかなかったことだろう。


「これは、秘密の話だが――――に代々伝わる古い文書に、創造魔法についての記述があるんだ」


 一段と声をひそめたトウジは、重々しくそう告げた。


「なっ! お前……それって、の魔法神典のことか?」


 ソーコーの問いかけに、小さく頷く。


 ――――実は、トウジはこの国マシュクのだった。

 現国王の年の離れた五番目の末弟で、ソーコーだけが彼の出自を知っている。


 トウジが生まれたのは、国王である兄に世継ぎとなる王子が誕生した数日後だった。甥より年下の叔父という微妙な存在で、おまけに兄姉は全員存命でしかも子沢山。このためトウジは王位継承権などないも同然のだった。おかげで身分を隠して冒険者となっても特段咎められず自由に活躍できている。


(……まあ、冒険者ギルドは世界にまたがる大組織だからな。そこで俺がある程度の地位を得ることは国にも旨味があるんだろう)


 ともあれ、王族であればこそトウジは国の中枢にしか伝承されない秘密を知っていた。


「神典の中には、かつて世界に創造魔法の使い手がと記されている。たいへん貴重な存在で『神の愛し子』とも呼ばれていたと」


 トウジは静かにそう言った。

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