第12話 ◇Sランク冒険者の推察2◇

「神の愛し子か……たしかにな」


 ソーコーも納得したように深く頷く。

 無から有を生みだすなんて、神の御業に等しい魔法だからだ。誰より敬われ人々の崇拝を集めていたとしても不思議はない。


「他にはどんな記述があるんだ?」


「あることはあるんだが……実は、よくわかっていないんだ」


 残念そうにトウジは顔を歪める。


「わかっていない?」


「ああ。魔法神典は本当に古い本だからな。開くだけでも複雑な解除魔法が必要になる。しかも字体は魔法古語だ。読み解くには強い魔力だけじゃなく深い知識がなければならない。おかげで解読できていない部分も多くて……『神の愛し子』が実際にどんなことをしたのかは、ほとんど読めていないのが現状だ」


 魔法神典を開いて読めるのは、強い魔力を持つ優れた魔法使いのみ。しかしそういった魔法使いのほとんどは、高ランク冒険者か各国の軍部で要職に就いている。彼らが地道な古文書解読なんてやりたがるはずもないのは言わずもがなだろう。ましてや、中身を読むのに難しい古語の知識も必要になってくるとなれば、魔法神典の研究など進むはずもなかった。


「それでも、わかる部分も少しはあって――――そこには、創造魔法使いがを創ったと書いてあった」


「ダンジョン!」


 ソーコーが、ガバッと立ち上がる。


「ああ。あまりに荒唐無稽な話だと思っていたが……リッカを見たら、あり得るかも知れないと思えてきた」


 今回リッカはダンジョンボスの宝箱から、いままで出たことのないをゲットしている。本人は、幻影の黒猫ビィアの『幸運を招く能力』だと言っていたが……それにしたって、ああもピンポイントでが宝箱から出てくるのは不自然だ。


「俺は、リッカの創造魔法の力が同じ創造魔法で創られたダンジョンに、なんらかの影響及ぼしたんじゃないかと思う」


 実際あれはあり得ないことだった。トウジがダンジョンに潜ったことは数知れず。その中で食品、しかも小麦の袋が出てきたことなど一度もないのだ。


(ポーションやエリクサーのような回復アイテムならまだしも、町の市場で売っているような普通の食品が宝箱から出てくるなんて……実際この目で見なければ信じられなかっただろうな)


「……そんなことがあったのか」


 話を聞いたソーコーも、やはり信じられないといったように首を横に振る。考えながら口を開いた。


「しかしそれが本当だとすれば、リッカの扱いは慎重にしなければならないな。Aランク冒険者に相応しいかどうかの確認だったが……Aランク冒険者どころじゃない。特例になるが、すぐににした方がいいだろう。――――推薦人は、俺とお前と、あと剣聖ボーシュに連絡を取れば了承してもらえるか?」


 剣聖ボーシュは、リッカをAランク冒険者にするよう依頼した人物だ。おそらく彼女の性にいち早く気づいたに違いない。本当はSランク冒険者にしたかったと言っていたとも聞いているし、ソーコーから頼めば否とは言わないだろう。


 さっそく手続きをはじめようとしたソーコーを、しかしトウジが止めた。


「いや、それは止めた方がいい。……どうやらリッカは冒険者ランクを上げることに興味がないようだからな」


 それは、一緒に行動していれば自然にわかること。なにせ彼女は自分のアピールをまったくしないのだから。


(ビィアについては、やたら「可愛い」とか「最強」だとか言っていたが、あれは純粋にビィアへの賞賛で、自分の幻影魔法を売りこんでいるという感じはしなかった)


 なによりリッカは、トウジに擦り寄ってこなかった。


 ――――Sランク冒険者で見目のよいトウジは、はっきり言ってかなりモテる。

 未婚既婚関わらず多くの女性は、一目見た瞬間にトウジの顔にうっとり見惚れるし、ろくに知らない相手から交際を求められることも日常茶飯事なほど。しかも、彼がSランク冒険者だとわかれば、執着はますますひどくなる。

 おかげでトウジはすっかり女性不信になっていた。


(高ランク冒険者で自分の容姿に自信がある女性ほど厄介だったな。必ず一緒にパーティーを組んでほしいと迫ってくるし……中には、俺が断ったにもかかわらず勝手に今のパーティーを抜けて「ここまでしたんだから責任取って!」と脅迫してきたヤツもいた)


 そんな事情を抱えていたトウジは、ソーコーにリッカの実力を見極めてほしいと頼まれたときも、はじめは嫌だと断った。女性でAランク冒険者への昇級を推薦されるような相手なんて、鬼門としか言いようがなかったからだ。

 最終的にソーコーの押しの強さに負けて引き受けてしまったが……リッカとの初顔合わせのときは、表面上は愛想よくしながらも内心ものすごく警戒していたのだ。


『見ているだけで、基本手出しはしないから。いないものと扱ってくれ』


 あのときそう言ったのも、リッカが媚びてくる前に突き放すため。

 しかし、意外なことにリッカは平然と了承し、サッサと歩きだした。


(あんなに素っ気なくされたのは、はじめてだったな。しかもその後も一切頼ってこないし)


 頼るどころか置き去りにされかかったのには驚いた。リッカの態度は始終淡泊で、新鮮な感動を覚えたくらいだ。


「リッカは、一度も俺に冒険者ランクを上げたいと言わなかったし、自分の力を誇示することもなかった。ダンジョンを五階で切り上げたときも『結果はわからない』と告げたのに、食いつき気味に了解されて嬉しそうに帰って行ったんだぞ」


 自分のランクを上げたい人間であれば、少なくともその確証を得るまではダンジョン攻略を続けたいと願うはず。あそこであっさり引き上げたリッカには、Aランク冒険者になりたいという熱意は、微塵も感じられなかった。


「そう言われれば……Aランクになんてなりたくないと、はっきり言っていたな」


 遅まきながらリッカの言葉を思いだしたソーコーが、顔色を悪くする。


「じゃあ、いったいどうすればいいんだ? なんていうとんでもないモノを使えるかもしれない冒険者を、Cランクのままでにできないだろう!」


 禿頭を抱えて叫んだ。


 実は、Aランク以上の冒険者にはギルドの優遇措置がある代わりに、自らの所在を明らかにしいつでも連絡が取れるようにしておく義務があるのだ。高ランク冒険者の力を必要とするような緊急事態が起きたときに招集をかけることができるようにというのが、その理由。

 つまりBランク以下の冒険者ならば連絡なしにどこにでも行けるということで、今この瞬間にリッカがいなくなってしまっても、ギルドは追うことができない。


「……方法はある」


 悩めるソーコーの肩に、トウジが両手をガシッと置いた。


「どうするんだ?」


「俺が、彼女と


 トウジの声は、ギルド長室に大きく響いた。

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