第9話 猫は幸運を招きます!

「はぁ~?!」


 トウジは、わけがわからないと言わんばかりの叫び声をあげた。

 百聞は一見にしかず。なにより見てほしいと、リッカはトウジを促して室内へと入る。

 そこには、ひび割れた壁とその前に無残に散らばる骨があった。頭蓋骨もグシャグシャで、リッチがかぶっていたと思われる王冠がコロコロと転がっている。


「これは――――」


「えっと……実は、ビィアと出会ったときの魔獣の行動って、二通りあるんですよね――――逃げるか隠れるか。まあ、どっちでも私はかまわないんですけど。魔獣にとって最悪なのは逃げる道も隠れる場所もない場合で……ボス部屋って、その代表だと思いません?」


 本来ボス部屋が逃げも隠れもできない理由は、冒険者を戦わざるを得ない状況に追いこむためだ。しかし、その状況はボスにも丸々当てはまるわけで、そんな場所でビィアに出会った魔獣は、ものすごいパニックに陥ってしまう……らしい。


「逃げられないのに逃げようとして、結果しちゃうんです。……ビィアは黒いだけで、そんなに戦闘力高くないんですけど。……どうしてでしょうね?」


 心底不思議だと首を捻るリッカに、トウジは驚愕の目を向ける。


「つまり、この惨状はリッチが逃げようとして、自ら壁にぶつかったせいだと、君は言うんだね?」


「そうとしか考えられませんよね?」


「……ビィアがやっつけたとは思わないのか?」


「アハハ、まさかそんなはずありませんよ。ビィアはですから」


 しかも猫の幻影だ。


(他の、もう少し強い生き物の幻影なら……ボスの二、三体……ひょっとしたら、ラスボスくらい瞬殺するかもしれないけど……それは、今は関係ないわよね?)


 リッカはそう思って、口を閉じる。


 トウジは、リッチの遺体……というより残骸に近寄った。ジッと調べるかのように見つめるが、バラバラになった白い骨は徐々に床に吸いこまれ消えていく。これは、ダンジョンボスを倒した場合の通常の現象で、ボスは遺体を残さぬ代わりに宝箱を生むのだ。


(ホント、ダンジョンって謎だらけだわ。いろいろ独自のルールがあるし……どう考えても誰かがなにかの意図を持って造ったモノとしか思えないけど)


 その誰かが神なのか悪魔なのか?

 それこそ、神のみぞ知ることなのだろう。


 リッカがダンジョンについて考えている間に、リッチの遺体は完全に消えさり、その場には宝箱がひとつ現れた。


「やった! かなり大きいですよ。かな?」


 宝箱には、当たりとハズレがある。大きければいいというものでもないが、ダンジョン五階程度のボスで出る宝箱の中身は知れているので、質より量。少ないよりは多い方がいいなと、リッカは思っている。


「中身はなんでしょう? できれば、だと嬉しいんですけど」


 引っ越したばかりのリッカの家には、食料品の備蓄がない。毎日少しずつ買い足しているのだが、宝箱でドン! と出てくれれば儲けものだ。


「宝箱の中身が、食品?」


 トウジは、今度はリッカの言葉に驚いている。


「はい。小麦粉とかハムとかドライフルーツとか――――」


 保存のきくものなら最高だ。


「……リッチの宝箱ならきんか宝石というのが定番なんだけど」


「ダンジョン五階のボス程度なら、金も宝石も高が知れていますよ――――純度の低い金か、クズ石か――――そんなもの換金しようとしても足下を見られて買い叩かれるに決まっています。そのくらいなら最初から同じ価値の食品を貰った方が、断然お得ですよ!」


 リッカの主張にトウジはクビを傾げる。どうやらイケメンSランク冒険者には、響かない話らしい。


「そんなものなのか? ……いやいや、でも宝箱から食品なんて聞いたことがないんだが」


「決めつけちゃダメですよ。宝箱って、開けるまでは夢が詰まっているんです! どんな希望を持ってもいいんですよ」


「それはそうだろうが――――というか、夢というなら金や宝石のほうなのでは? 食品が夢とか、世知辛すぎないか?」


「夢は、人それぞれです!」


 堂々と主張したリッカは、エイッとかけ声高く宝箱を開けた。


「きゃぁぁっ! やったぁぁ!」


 とたん響く歓喜の声。それもそのはず、宝箱の中身は袋詰めの小麦だったのだ。


「……マジか?」


「やった! やった! やったぁ! 最高の当たりだわ。さすがビィアちゃん、幸運を招く『設定』がいい仕事しているわ!」


 ヒョイとビィアを抱え上げたリッカは、その場でクルクルと回りだす。



「――――幸運を招く設定?」


「はい! 猫が前足で顔を擦る仕草が、なにかを招いているみたいに見えることがあるでしょう? そこから、猫は幸運を招くって言われているんですよ。当然ビィアにもその設定をしているんです!」


 ビィアを抱いたままドヤ顔を決めるリッカと、それを聞いて頭を抱えるトウジ。


「そんな『設定』まで可能だなんて……とんでもなさすぎる。あと『幻影』をとか……普通は無理だろう」


 ジト目で見られたリッカは、慌ててビィアを放りだした。

 宙に投げだされたビィアは、クルリと華麗に一回転。スタッと着地を決める。


「ハハ、アハハ――――」


「はぁ~、それも設定なのか?」


「は、はい、そうです。……猫は毛並みが最高なので、やっぱり撫でられないとつまらないなって思って」


 トウジのため息は深くなるばかり。



「……リッカ、君の幻影魔法はと思う」



 顎に手を当て困った顔で、トウジはそう言った。

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