第8話 ビィアは『猫』ですから!
「私は光りませんよ?」
Sランク冒険者のくせになにを言っているのだと、リッカは呆れる。
ビィアの尻尾の灯りを頼りに、
ポウッと照らしだされた部屋は、重厚な書棚の並んだ図書室のよう。窓はなく、今入ってきたドアの他には、出入りできそうなところはどこにも見えない。
「たしかに魔獣はいないみたいだな。……しかし、出口もないぞ」
続いて入ってきたトウジが、室内を確認しながら呟く。
「大丈夫ですよ。――――ビィア」
リッカの声に応えて、ビィアは音もなく飛び上がった。書棚の前の狭いスペースに器用に着地すると、移動しながら無作為に見える動作で、三冊の本をポンポンポンと光る尻尾で触れていく。
その本をリッカが少しずつ引き出せば、とたんゴゴゴと音がして書棚が動きだした。そして、奥から隠しドアが現れる!
「やったわ、ビィア! さすが私の幻影ね! ……そう思うでしょう?」
大喜びして振り返り、トウジに同意を求めたリッカだが……そこにあったのは、これ以上はないほど眉間のしわを深くしたイケメン顔。
「……リッカ、さすがにこれは幻影魔法だけでは説明がつかないよ」
「え?」
「幻影がダンジョンの謎解きをするなんて、あり得ないからね」
「あ、えっと、だからそういう設定の――――」
「設定だからって、なんでもできるのはおかしいだろう!」
真剣に言い返されて、リッカは首を傾げた。
「なんでもなんてできませんよ。ビィアは猫ですもの。できるのは猫にできることだけです」
そういう設定なのだ。
「普通の猫は、道案内なんてしないんだよ!」
トウジの声は、思いの外大きかった。
リッカは戸惑うばかり。
「……ひょっとして、トウジってあまり猫のことを知らないんですか?」
ついついリッカはそう聞いた。
「……っ」
黙りこんだトウジに「やっぱり」と頷く。
「猫が抜け道を知っていたり、そこに人を案内したりすることは、猫好きには有名な話ですよ?」
リッカのトウジに向ける視線は、ちょっと残念な人を見る目になっている。
「猫は、ときどき『ついてきて』と言っているみたいに、案内するような仕草を見せることがあって、それについて行くと思いも寄らぬ抜け道に通じていることが、本当にあるんです。――――まあ、単なる偶然だと言う人もいますが、猫好きならば誰でも『そうそう』と頷いてくれる話ですよ!」
自信満々なリッカの説明を聞いたトウジは、額に手を当てた。まるで頭痛を堪える人のような仕草だ。
かまわずリッカは話を続ける。
「私の創った幻影魔法の三作品めは、まさにそういう猫に案内された主人公が異世界に紛れこみ冒険する話なんです! 猫好きの人には特に受けがよくて『猫あるある』を詰めこんだ傑作だって、大評判だったんですよ!」
猫好きのみならず犬好きや他の動物好きにもかなり好意的に受け入れられた作品だった。もちろん主人公を案内する猫役は、ビィアである。
「なんだったら、今度その作品を見せましょうか?」
きっと実際に目にすれば、トウジも猫への理解度が上がることだろう。
そう思ったリッカの親切心からの申し出は、ブンブンと首を横に振るトウジにより断られた。
「……それは幻影魔法の物語だろう? 百歩譲って、普通の猫が道案内をするのは認めても、謎解きは絶対あり得ないと思う」
……どうやらトウジは頭の硬い人間らしい。
「現実の猫ならそうでしょうね。でも、ビィアは幻影の猫ですから! 謎解きくらいお茶の子さいさいです」
「……尻尾が光るのも?」
「ええ、幻影ですもの!」
グリグリと、トウジはこめかみをもみほぐす。
「猫にできることだけしかできないといった話は、どこにいったんだ?」
「……あ、その辺は、臨機応変ということで」
「臨機応変すぎるだろう!」
怒鳴られたリッカは、テヘッと笑った。
「まあ、いいじゃないですか。私の幻影ですし、誰に迷惑かけているわけでもないんですから。……それより、早く次のエリアに移りましょう。さあ、行きますよ!」
現れた隠しドアに、リッカは向かう。
「それはそうだが――――」
まだなにか言いたそうなトウジは、気にしないことにした。
自分の幻影魔法が他の人とはちょっと違う自覚はあるが、それに文句を言われても困るだけ。
(そういうものだと思って諦めてほしいのよね)
そう思いながら、先を急いだ。
――――その後、同じように四階と五階の建造物エリアを攻略したリッカは、あっという間に五階のボス部屋の前に辿り着いた。
「このダンジョンで、はじめてのボス部屋ですね」
「ああ……たしか現れるのはリッチのはずだ」
リッチは、死霊系の上位魔獣。王冠を戴く骸骨で、ゾンビやスケルトンといった下位魔獣を次から次へと召喚する厄介な相手だ。
とはいえ、聖属性魔法の広範囲攻撃やミスリルの武器を持っていれば比較的簡単に倒すことも可能だったりする。
つまりは、そういった手段が無ければ苦戦は必死の魔獣なのだが……。
「リッカ、君が使えるのは、幻影魔法だけだよね?」
「はい!」
「いったいどうやってリッチを倒すつもりなんだい?」
トウジは……心配半分、興味半分といったところか。リッカの顔を覗きこんでくる。
「大丈夫です。なんとかなりますよ」
リッカは……いつもどおりだった。十年、いや十一年ぶりのダンジョンでのボス戦だが、気負ったところは少しもない。
「……君は、ボスが怖くないのかい?」
「ええと……はい。たぶん、怖がる暇もなく終わっちゃうと思いますから」
リッカの言葉にトウジは不思議そうに首を傾げた。
「まさか、ビィアが聖属性の広範囲攻撃魔法を使える『設定』だとか言いだすんじゃないよね?」
ちょっと退いた感じで聞いてくる。
「ハハハ、まさか。ビィアにはそんな設定ありませんよ。だって猫ですから」
リッカは、笑いながら手を『ないない』とばかりに横に振った。
なにを馬鹿なこと言っているんですか? みたいに返されたトウジは不満そう。
「君がそれを言うかな? ……というか『ビィアには』? ってことは、他にそういう設定の幻影がいるのかな?」
ギクッとリッカは身を竦ませる。
「そ、そんなわけないじゃないですか! ま、まあ、ビィアに攻撃魔法がいらない理由はすぐにわかりますから! さっ、さっさとボスを倒してしまいましょう!」
あからさまに挙動不審となったリッカは、焦ったようにボス部屋のドアを開けた。
「あっ! そんな、なんの準備もなく開けたら危険――――」
慌ててトウジが叫ぶが、その足下をビィアがスルリと抜けてドアから中に入っていく。
『フハハハ! よくぞここまで辿り着いた。冒険者ども――――って……ウギャァァァァァッ!!!』
とたん、部屋の中から、おどろおどろしい声が響いてきたと思ったら……その声は途中で聞くに堪えない悲鳴となった。
「は?」
呆気にとられるトウジの横で、うんうんとリッカが頷いている。
ガン! ゴン! ガッシャーン!! と、なにかが壊れるような派手な音がして……やがて室内は静まりかえった。
「い、いったいなにがあったんだ?」
「ボスが自滅したんですよ。…………たぶん?」
リッカは、ちょっと小首を傾げながらそう言った。
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