第7話 そういう『設定』です!

 実態のない幻影が物体をすり抜けられるのは、なにも不思議なことじゃない……はず。

 しかし、トウジは驚愕の表情を浮かべた。


「いや……でも、幻影は君がにしか、映しだせないんじゃなかったか?」


 たしかにリッカは、己の幻影魔法を『自分が見ている場に幻影を生みだす魔法』だとトウジに説明した。その言葉どおりなら、見えないドアの向こうでビィアは存在できないはずで、魔獣を脅すのはもちろんのこと、中の確認も不可能だ。


 しかしリッカは、この日一番のドヤ顔を決めて、トウジに向かって人差し指を立てチッチッと振って見せた。


「大丈夫です! ビィアは視界の外でも自由に動ける『設定』にしてありますから!」





「………………設定」


 トウジはポカンと口を開けた。ちょっと……いや、だいぶ間抜けな表情だが、そんな顔でもイケメンなのが羨ましい。


「そうですよ! ……私は、幻影魔法のですからね。幻影で物語を創るためには、幻影にいろいろな設定をする必要があるんです。……ビィアは、私が最初に創った幻影なので、これまでいろんな物語に登場しているんですよ。だから、いろんな設定を持っていて――――っていう設定もそのひとつです!」


 ニコニコニコとリッカは笑う。


「どこでも自由に――――」


 トウジは驚き覚めやらぬ様子。


「ええ。私のでも!」


 リッカは自慢げに胸を張った。





「――――そんなことが可能なのか?」


 しばらく黙っていたトウジが、まだ信じられないように聞いてくる。


「案外簡単ですよ。私は、ですからね!」


 物語の創作方法は人それぞれ。テーマを決めてそれに沿った世界や登場人物を考える人もいれば、魅力的なキャラクターを思いつき、そのキャラを生かすためのシナリオを練る人もいる。

 リッカは後者で、ふとした拍子に『こんなキャラいたらいいな』と思いついた主人公から、彼(または彼女)の生きる世界をし、その中でどんな風に生きて、どんなものと関わり合い、どんな物語を紡ぎだしてくれるのかと想像を広げ、幻影魔法の物語を創っていた。



「私の幻影魔法は自由なんです。そこに可能か不可能かなんて制限はつけません!」



 両手を広げ堂々と言い切ったリッカに対し、トウジは眉間にしわを寄せる。


「……それは、自由だから可能だというものではないんじゃないのかな?」


「そんなことを言われても……実際に設定できていますし」


 この現実が目に入らないのだろうか?

 変ないちゃもんをつけないでほしい。


 そう言ってやろうと思ったリッカだが、その前に部屋の中からビィアが現れた。

 当たり前のようにドアをすり抜けてきたビィアは、今度は隣のドアにスッと吸いこまれていく。


「あ、どうやらこのドアの向こうはなにも無い部屋だったみたいです」


 ビィアが次の部屋に向かったということは、そういうことだ。

 説明するリッカに対し、トウジはますます眉間のしわを深くした。


「……本当に確認できているのかい?」


「もちろんです!」


 疑り深いトウジのしわはなくならない。



 その後、何回かビィアはドアの出入りを繰り返した。そして、ついにひとつのドアの前で動かなくなる。

 黒い尻尾がタシタシと床を叩いた。


「ビィア、その部屋が当たりなの?」


 タシタシタシと尻尾が高速で動く。


「あの部屋が次のエリアに続いているみたいですね」


「……そうなんだね」


 一応頷いてはいるものの、トウジはまだ不審そう。先ほどからずいぶん言葉少なになっている。

 そんな彼の様子が少し気になるリッカだが、目的地の十階はまだまだ先だ。ここでゆっくりしているわけにもいかないと、動きだす。

 ビィアの教えてくれた部屋のドアを迷わず開けた。


 中は真っ暗で、開いたドアの分だけ暗闇が四角く切り取られる。


「……魔獣が襲ってこないな」


「ビィアを逃げた後だと思います。……それにしても暗いわね。ビィア、


 リッカの言葉に応えて、ビィアの長い尻尾の先にボッと


 トウジが小さく息を飲む。


「………………それも設定かい?」


「はい。便利でしょう?」


 トウジの質問に、リッカは笑顔で答えた。


「ハハハ……尻尾が光る猫なんてはじめて見たよ」


 トウジの笑い声には力がない。


「目が光るより怖くないかなって思いまして」


 暗闇に光る猫の目は、はっきり言って怖い。ちょっと苦手なリッカだ。



「そっか。怖いか。……私は、よ」



 トウジは静かにそう言った。

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