第6話 うちの子最高!
――――まあ、当然そんなわけにはいかなかったのだが。
「君の幻影魔法はすごいな。君みたいな魔法を使う人は他にもいるのかな?」
ここはダンジョン四階。洞窟から草原を抜けて階段を下りれば、広い廊下に等間隔のドアが並ぶ古城内部といった空間が広がっている。
「さあ? わかりません。少なくとも私は、自分と同じ幻影魔法を使う人に会ったことはありませんから」
リッカの隣に並び、しきりに話しかけてくるのはトウジだ。いないものとして扱えなどと言っていたはずのイケメン冒険者は、さっきからずっとこの調子。意外にお喋りなのにびっくりする。
「私もないよ。……ひょっとしたら世界で君ひとりかもしれないね?」
そんなことはないだろう。リッカが働いていた都だけでも幻影魔法使いは何人もいた。世界中ともなれば、使い手はもっと多いはずだ。リッカと同じ方法で幻影魔法を使う人だって、きっと探せば……少しはいるに違いない。
(それに、他人に魔法をかける必要がない分、私のやり方の方がずっと簡単なはずだもの!)
シンプルイズベスト。面倒くさいことよりも単純なことを選ぶ人が多いのは、人類普遍の原理……のはず!
「ひとりなんて、あり得ませんよ」
「そうかな? 私はそう思わないけど」
頭を下げたトウジは、フワッと笑いながらリッカの顔を覗きこんできた。
なんでこんなに上機嫌なのだろう?
(もうっ! 無駄に爽やかでイケメンだから、ついついドキッとしちゃうじゃない! 眩しすぎて直視できないわ)
今も咄嗟に視線を逸らしてしまったリッカだが、トウジは気にしたふうもなく話し続ける。
「まあそれはともかく……ビィアは本当にスゴいね。ここにくるまで魔獣が一匹も出ないだなんて、実際に見ていても信じられないよ」
怖れ入ったというように、そう言った。
リッカの気分は、あっという間に上昇する。
「そうでしょう? ビィアは可愛い上に最強なんですよ!」
大好きなビィアを褒められれば悪い気はしないのだ。
――――なんせ、ダンジョンに入ってからここまで、リッカもトウジも魔獣に襲われていない。
襲われるどころか、最弱のホワイトスライムさえも一切見ていないのだから、トウジが驚くのも無理はない。
それもこれも、全部ビィアのおかげだった!
「ビィアを怖がらない魔獣なんて、いませんからね!」
「こんなに小さいのになぁ」
「魔獣の強さは大きさじゃありませんよ。魔獣は強ければ強いほど色が濃いんです。当然最強は黒ですよ!」
鼻高々に説明するリッカだが、これはトウジはもちろん冒険者なら誰もが知る一般常識。
いったいどういう原理なのかはわからないが、最弱のスライムでさえもそれがブラックスライムであるならば、最強種と言われるドラゴンにも余裕で勝利するのだ。
(まあ、もちろん相手がブラックドラゴンだったなら、瞬殺されてしまうのだけど)
このため魔獣には黒い生き物を無条件で怖れてしまうという習性があった。
当然、黒猫のビィアも彼らにとっては恐怖の対象だ。色さえ黒ければ相手がただの猫でも、魔獣は逃げだし近づいてこない。
おかげでリッカは、あっという間にダンジョン四階に辿り着いていた。
(やっぱり、ダンジョンに潜るなら黒い生き物を連れてくるのが一番よね。……まあ、私みたいな幻影魔法使いじゃなければできない方法なんだけど)
色さえ黒ければいいのであれば、カラスや黒馬等々、世の中に黒い生き物はそれなりにいる。そんな魔獣にとっては恐怖の対象でも人間には害の無い生き物を、ダンジョンに連れてきさえすれば、魔獣の脅威は格段に減るのだ。当然、この手段を使おうとした冒険者は、過去にも存在した。
……そのすべてが失敗したのは、誰もが知る事実だ。
実は、ダンジョンに入れるのは、大なり小なり魔法が使えるものだけなのだ。普通の生き物では近寄ることさえ難しく、人間でも魔法の素養がまったくない者は、ダンジョンに近づいただけで昏倒してしまう。
普通の獣と魔獣の違いは、魔法が使えるかどうかの一事のみだ。
つまり、ダンジョンに連れて行けるカラスがいたとしたら、そのカラスはイコール最強で凶悪な魔獣ということになる。
そんな怖ろしい魔獣を人間が制することなど、できるはずもなかった。
「普通の黒猫はダンジョンに入れたとたん死んでしまいますが、ビィアは幻影ですからね。それも、普通の幻影魔法とは違い魔獣が視認することのできる幻影なんです! 魔獣を追っ払うことができて、しかも可愛いとか! ……もう、うちの子最高だと思いませんか?」
リッカはスキップしそうな勢いで薄暗い廊下を歩いていく。
トウジは「そうだね」と笑いながら頷いた。
「こんな切り札を持っていたとは思わなかったよ。これなら君がCランクになったのも納得かな」
戦わずしてダンジョンの魔獣を
「とはいえ、Aランクに相応しいかどうかは、難しいところだけどね」
しかし、ダンジョンは魔獣を避け続けるだけで攻略できるものではない。
相手を倒すことで得られる素材の採取や魔獣討伐そのものが目的となる任務だってあるからだ。またダンジョンを制覇するためには、下層以降に現れるボスモンスターの退治が必須のため、まったく戦闘せずにダンジョン攻略を成し遂げることは不可能と言える。
もしもリッカの力が、黒猫の幻影を出すことだけであれば、Aランクに昇級させることはできないと、トウジは言いたいのだろう。
(別に私はAランクになんてなりたくないんだけどな)
Cランク上等! 下手にランクが上がって面倒な依頼とか受けたくない! と、リッカは思う。
しかしこれは彼女の心情でしかなかった。
トウジの任務はリッカがAランクに相応しいかどうかの見極めだ。そこにリッカの気持ちは無関係。
「その辺はあなたの目で確認してください。……さ、先を急ぎましょう。目標は十階ですからね」
リッカは先を急ぐ。まだ四階なのだ。こんなところで時間を無駄にしたくない。
「ビィア、サクサク進むわよ!」
威勢のいいリッカのかけ声にも、ビィアは平常運転だった。仕方ないわねとでもいうようにゆったり動きだす。
「――――ああ、でもこの階は、ビィアには少し厄介じゃないかな? ドアを開けるまで中の魔獣はこちらを見ることはできないから、普通に襲ってくるだろう」
トウジが、まるで今思いついたとでもいうようにそう言った。
ダンジョンの建造物エリアは、無数にある部屋の中に魔獣が出没する仕様になっている。冒険者は数多あるドアを開けたとたん襲ってくる魔獣を倒し、部屋のどれかに隠された次のエリアへの道を見つけなければならないのだ。前に進める部屋はたったひとつで、正解の部屋に辿り着くまで、延々とドアを開け続ける作業が続く。
(屋内だから、この階では大型の魔獣が出ないのが救いよね。……まあ、魔獣の強さは大きさには比例しないんだけど)
油断は禁物の危険エリアだ。
しかし――――。
「ああ、そんなこと。……大丈夫ですよ。ビィアは幻影ですから」
リッカは余裕の笑みをトウジに向けた。
「……幻影だから大丈夫とは、どういう意味かな?」
訝しそうに首を傾げた美丈夫に、リッカは黙ってビィアを指さす。
ちょうどそのとき、ビィアはひとつのドアの前にいたのだが……そのままドアを開けることなくスッと中に消えていく。
「――――は?」
「ビィアは幻影ですからね。ドアくらい簡単にすり抜けられるんです。ドアが開かなきゃ室内の魔獣は襲ってきませんし、ビィアに気づけば逃げて行きます。それに、わざわざ私が中に入らなくても、ビィアがちゃんと確認してきてくれるんですよ!」
リッカは得意げに胸を張った。
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