第5話 同行者はイケメンSランク冒険者でした
そして、それから三日後。
リッカは、ダンジョンの入り口でひとりの冒険者に会っていた。
「Sランク冒険者のトウジだ。今日はよろしく頼む」
爽やかに微笑むのは、眼鏡をかけた一見優男風のイケメンだ。柔らかそうなゴールデンロッドの髪を肩まで伸ばし、白いシャツと黒いパンツという軽装の上にレザーアーマーをつけている。背が高くスラリとした痩身でありながら、鍛えられた肉体を感じさせる隙の無いたたずまいは、さすが高ランク冒険者というところか。
眼鏡の奥からライムグリーンの瞳が、リッカを興味深そうに見つめていた。
「リッカです。よろしくお願いします」
リッカは、心持ち深めに頭を下げる。自分よりランクが上で、おそらく年上だろう相手に対して礼儀正しく接するのは当然だ。
トウジは少し苦笑した。
「そんなに身構えなくてもいいよ。私は君を見ているだけで、基本手出しはしないから。いないものとして扱ってくれてもかまわない。……まあ、危険だなと判断したときは、さすがに介入させてもらうけれど」
愛想はよいのだが、トウジの態度はどことなく一歩
ギルド長の話を聞いたときは、はじめてこのダンジョンに潜るリッカの案内人でもしてくれるのかと思っていたのだが……どうも本人にそのつもりはないみたい。
(まあ、私の能力を見極めるのがこの人の仕事なのだもの。そんなものなのかもしれないわよね?)
それならそれでかまわない。
「わかりました。では先に行きますね」
余計な手出しをされないのなら、リッカにとってはありがたいばかり。
そう思ったリッカは、さっさと歩きだす。
チラリと振り返って見れば、トウジは意外そうな顔をしてこちらを見ていた。
(なにに驚いたのかしら? ……ひょっとして、一回くらいは一緒に行ってほしいって頼むべきだった?)
とはいえ、いないものとして扱えと言ったのは彼だ。気にする必要はないだろう。
リッカは、かまわず先を急いだ。
――――マルグレブのダンジョンは、地下三十階構造になっている。
階によって様相が切り替わり、一階は迷路のような洞窟、二、三階は草原、四階から五階は一転、古めかしい建造物なのだとか。
(地下に草原とか、おかしいと思うんだけど……ま、それがダンジョンよね)
ダンジョンとは地下迷宮。誰が造ったのかとか、いつから存在しているのかとか、一切不明だが、そこでは危険と引き換えに資源や財宝を手に入れられる。
数多の冒険者が挑戦し、ある者は富と名声を得、またある者は深い傷を負い物言わぬ屍に成り果てる場所だ。
『神から与えられた試練』だと言う者もいるし『悪魔の罠』だと怖れる者もいる。
(まあ、私がほしいのは富や名声じゃなく、最低限の生活費なんだけど。ローリスクローリターン。危険を
そもそものリッカの目的だった薬草採取や弱い魔獣討伐を行うなら、地下一、二階でこと足りる。
しかし、今回リッカは少なくとも地下十階に降りてほしいと、ソーコーから頼まれていた。Aランクに相応しいかを判断するためには、そのくらいは踏破してもらいたいそうだ。
(別に私はAランクになんてならなくてもいいんだけど)
とはいえ、わざわざ見極め人までつけてもらったのだから、嫌とは言えない。
(さっさと行って帰ってこよう。結果は、CでもDでもFランクでもかまわないわ)
自分がAランクになれるなんて、まったく思わないリッカだ。
ダンジョン一階の洞窟を進みながら……リッカは、幻影魔法を使った。
「――――ビィア」
リッカの声に応えて、黒猫が現れる。
「一緒に行ってくれる?」
長い尻尾がゆらりと揺れた。
スッとリッカの前に出たビィアは、足音もなく歩きだす。
「――――ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
後に続こうとしたリッカを止めたのは、トウジの声だった。
……そういえば彼がいたのだった。すっかり忘れていた。
振り返りながら同時に周囲を確認すれば、この場にいるのはリッカとトウジだけ。ダンジョン一階の入り口付近なんてたいした獲物もいないから、みんなさっさと通りすぎてしまったらしい。
「ソレは、なんだ?」
トウジは、ずいぶん驚いているようだった。
(ソレって、ビィアのことよね?)
「幻影魔法ですけど?」
ソーコーは、リッカが幻影魔法使いだとトウジに説明しなかったのだろうか?
訝しく思って首を傾げれば、トウジは警戒しながら近寄ってきた。
「君が幻影魔法を使うということは、ギルド長から聞いている。だから、私は今日『状態異常防止アイテム』をつけてきたんだ。……なのに、その猫はどうして見えるんだ?」
「状態異常防止アイテム?」
リッカは驚き、あらためてトウジを見つめる。頭から足へと視線を流し、もう一度頭に戻り眼鏡に目をとめた。
「……ひょっとして、それ『破邪の眼鏡』ですか?」
『破邪の眼鏡』とは、邪眼や魔眼といった眼を合わせることで相手を精神異常状態に落とす魔法を防ぐアイテムのこと。多少値が張るが、メデューサやコカトリスといった目を見ることで石化魔法を使ってくる魔獣の攻撃も防げることから、買っていて損はないと言われているアイテムだ。
「そうだ。この眼鏡をかけていれば、幻影魔法にかかることはないはずなのに……」
いったいどうして? と、戸惑うトウジに対し、リッカは「ああ」と頷いた。
「破邪の眼鏡は、ポピュラーな幻影魔法にしか効かないからですよ」
「……ポピュラー?」
「ええ。私の幻影魔法は、ちょっと変わっているんです」
おかげで契約破棄されたのだ。
「どんな風に変わっているんだ?」
トウジは訝しそうに聞いてきた。
リッカは、どう説明しようか考える。
「そうですね。……一番の違いは幻影の種類でしょうか? ――――ポピュラーな幻影魔法使いが、自分を見た相手に対し、その視線を逆にたどる形で魔法を放つのは知っていますよね? 相手の目から魔法を侵入させ脳に直接働きかけることで、自分の見せたい幻影を相手に想像させるんです」
知っているからこそトウジは『破邪の眼鏡』をしてきたのだろう。目から魔法をかける幻影魔法なら『破邪の眼鏡』で確実に防御できる。
リッカの予想どおり、トウジは首を縦に振った。
それを確認してリッカは説明を続ける。
「つまりポピュラーな幻影魔法の幻影とは、実際にはなにもない幻影なんです。……魔法にかかった人の脳内にしか存在しない、夢というか幻というか……その人以外には見ることもできない、まったくなにもないものです」
トウジは「そうだな」と言いながら視線で先を促してくる。
リッカは「一方」と言いながら、自分の右手で自分自身を指した。
「私の使う幻影魔法は、私自身が見ているその場に幻影を生みだす魔法です。相手の脳や精神への干渉は一切行わず、私ひとりで完結する魔法です。……映像とはいえ実際そこに在りますから、誰でも見ることが可能だし、当然『状態異常防止アイテム』も効きませんよ」
ドヤァという顔で、リッカは胸を張る。
「……実際そこに在る幻影?」
「ええ、幻影ですけどね」
「そんな幻影魔法があるのか?」
トウジはまだ信じられないようだ。
「ええ、今あなたの目の前に」
しかし、リッカがそう言いながらビィア指させば、諦めたように肩を竦めた。
「たしかにそうだな。……ところで、なぜここで幻影魔法を使ったんだ?」
どうやらトウジは切り替えの早い人物らしい。彼の視線はビィアを追っている。
「早めに十階まで行ってしまおうと思って」
「早めに?」
「ええ。ビィアがいれば百人力ですから!」
ニッコリ笑って断言すれば、トウジは目を見開く。
「百人力というのは?」
「うちの子……可愛いし、頭もいいし、それにとっても強いんです!」
サッとビィアを抱き上げたリッカは、ドヤ顔でトウジの前にビィアを見せつけた。どこからどう見ても親バカならぬ飼い主バカの行動とセリフである。
「――――は?」
ポカンとするトウジの目の前で、体をくねらせた黒猫がリッカの手からスルリと抜けだす。ストンと地面に降りるとリッカをひと睨み。そのままさっさと歩きだした。
「あぁん、ビィアったら怒っちゃったの? 待ってよ~!」
慌ててリッカは追いかける。
「……え? ……いや、アレは幻影だよな? ……幻影って掴めるものなのか?」
もちろん掴めるはずはない。
「幻影魔法で掴んだように見せているのか? それにしたって――――」
ブツブツ呟くトウジの声が背後から聞こえてきた。
(ふふっ……悩め、悩め)
それに答えてあげるほど、リッカは親切じゃない。トウジはついさっき会ったばかりの人だし、それになんだかリッカと距離を置きたがっているようにも見える。
(どうせ今日一日一緒にいるだけで、後は関係ない人だし)
「ビィア~!」
素知らぬ顔でリッカは、トウジを置いてけぼりにしようとした。
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