第4話 知らない間にとんでもない要請が出されていたようです

 ギルド長と向かい合わせでテーブルにつくなり話がはじまる。


「時間をとってもらってすまないな。君を呼んだ理由だが……今から十一年前。引退した高名なから、変わった要請が冒険者ギルドに出されたんだ。内容は『今年学園を卒業したリッカという名のCランク冒険者がギルドを訪れたら、に昇級させてほしい』というもので――――」




「……は?」


 話を聞いたリッカの目は、まん丸になった。


(なに? その要請?)


 そんな彼女の反応を見ながら、ソーコーは言葉を続ける。


「その元Sランク冒険者はかなりの実力者でな。現役時代は世界各地を巡りあちこちで功績を残している人なんだ。彼に助けられた人は大勢いてその影響力は計り知れない」




「……え?」


「そんな彼の要請だからな。いくらといえ無視できるギルドはないんだ。要請から十一年経った今でも同じだ。あの当時学園を卒業したのなら今の年齢は二十代後半だろう。……この『リッカ』というのは君のことで間違いないかな?」


 違うと思いたい!

 同名同年代のまったく別のCランク冒険者がいるのではなかろうか。


「……その元Sランク冒険者の名前は?」


 そう願いながら、一応リッカは確認した。


「ボーシュだ。ボーシュ」


 聞いたとたん、ガックリと項垂れてしまう。

 ボーシュというのは、リッカを教えてくれた学園の担当教師の名前だったからだ。


(剣聖とかいうのは、はじめて聞いたけど)


 リッカは、仕方なく頷く。


「たぶん私だと思います。……でも! Aランク冒険者って、そんなに簡単になれるものなんですか?」


「やっぱりな」と呟きながら、ソーコーは首を横に振った。


「普通は、あり得ない。ただ剣聖ボーシュの功績は本当に大きいんだ。制度的にもSランク冒険者によるAランクへの推薦は認められている」


 もっともそういった場合は、前提条件として推薦を受ける冒険者がなにがしらの実績を上げていることが通常だ。リッカのようになにもしていない学園卒業生が、推薦を受けること自体考えられない。


「いったいどうして、そんな要請が出されたんですか?」


「さあな? 私もそこを知りたいところなんだが……ボーシュに直接問い質した者が言うには『本当はにしたいんだが、さすがにそこまでの権限はないからAランクにした』という答えが返ってきたそうだ」





 ――――リッカは、頭を抱えた。

 Sランクの昇級には、本人の功績はもちろんのこと、現役引退関わらずSランク冒険者三人の推薦がいるのが常識だ。


「私をSランクにしたいなんて……なにを考えているのよ? たしかにボーシュ先生には、やたら『冒険者になれ』って勧められたけど……まさかそんな要請を、ギルドにしていたなんて!」


 当時から幻影魔法使いを目指していたリッカは『冒険者にはなりません』と、しっかり断ったはずだ。そこで諦めてくれたと思っていたのだが。


「私、Aランクになんてなりたくありません。その要請は、こちらからお断りします」


 むしろCランクより下げてもらってかまわない。

 きっぱり断ったのに、ソーコーは「それは難しい」と顔をしかめた。


「え? なぜですか?」


「要請の取り下げは本人にしかできないんだ。そして取り下げられない限り、当ギルドとしては知らない顔もできない」


 でも――――。


「十一年前の話ですよね?」


だ。……ただ、たしかにこれだけ歳月が経っていては、無条件でAランクにするというのも難しいだろう。それで提案なのだが――――君がダンジョンに行く際に、君の実力を見極める人間をひとり同行させてもらってかまわないかな? その同行者の意見を聞いて君に相応しいランクをあらためて決めたいと思う。結果は冒険者ギルドで共有し、ボーシュにも納得してもらう」


 リッカは少し考えこんだ。


「……それをやったってことにして、Dランクにしてもらってもかまいませんけど?」


 なんならEランクでもかまわない。いっそのこと、今までのことはすべてなかったことにして、Fランク冒険者の初心者として出直すのも、ありだ。

 我ながらいい考えだと思ったのに、ソーコーは首を横に振った。


「それはできない。言っただろう? 剣聖ボーシュは、本当にすごい冒険者だと。……彼は、私にとっても憧れの人なんだよ。彼の要請に嘘を返したくない」


 リッカにとっては、傍迷惑な教師でしかないのに。


「どうかな? 君も十一年ぶりのダンジョンだ。しかもマルグレブのダンジョンは、はじめてのはず。……ここのダンジョンに詳しい人間と一緒に行動するのは、君にも益があることだと思うのだが?」


 たしかにギルド長の言うことにも一理ある。


「……今日これからすぐに行けるんですか?」


「いや。さすがに今日は無理だ。見極めを頼む冒険者に話を通さなければならないからな。明日以降にしてもらえないか?」


 それでは今日の分のお金が稼げなくなる。


「私は、できるだけ早くダンジョンに潜りたいんです」


「わかった。早急に準備しよう。あと、少ないが待機料ということで一日銀貨三枚を支払う」


 銀貨三枚は、Cランク冒険者を一日雇う場合の標準報酬だ。働かずにお金がもらえるのなら、それでもいいかなとリッカは思う。


「わかりました」


「ありがとう。こちらの用意ができたら、またあらためて連絡するよ」


 話がまとまり、リッカは立ち上がった。なんだかいろいろ想定外で疲れたので、一刻も早く帰りたい。


(ビィアに癒してもらわなくっちゃ!)


 そのまま部屋をでようとしたのだが、ドアノブに手をかけたところで呼び止められた。


「ああ、そうだ。これは単なる好奇心で聞くんだが……君は魔法使いだそうだが、どんな魔法を使うのかな? もちろん、いやなら答えなくともいい」


 冒険者にとって自分の能力は、ある種商売道具。堂々と誇示する者もいれば、秘匿する者もいる。特に魔法使いは、自分の魔法属性を隠したがる者が多かった。


 とはいえ、リッカはそうではない。他国とはいえ、幻影魔法使いとして名を売っていたのだ。調べられればすぐにバレるだろう。



です」


 だから素直にそう言った。

 なぜかソーコーは、ポカンとする。


「幻影魔法? ……あ、いや、そうではなくて、攻撃魔法の属性を聞きたかったんだが」


「攻撃魔法なんて使よ。私は幻影魔法使いですから」


 リッカは、片手をヒラヒラ振って否定する。


 ソーコーの口がパカンと開いた。信じられないように目を見開く。


「攻撃魔法が使? Cランクなのに?」


「そうなんです。おかしいですよね? どうして私はCランクになったんでしょう?」


 まったくあの教師は無茶苦茶だ。高名な元Sランク冒険者だか剣聖だか知らないが、ただのボケ教師にしか思えない。

 呆れながらリッカは、ドアを開け部屋の外に出た。


 閉める寸前、驚愕したまま固まったソーコーの姿が見えたが……リッカにできることはなにもない。



 パタンとドアを閉め、そのままギルドを立ち去った。

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