第3話 冒険者ギルドにきました

 それから十日。

 荷物を整理しなくっちゃとか、旅の疲れをとらなくっちゃとか、なんだかんだと理由をつけて新居に引き籠もっていたリッカだが、いよいよ懐が寂しくなってきた。


「ビィア、どうしよう? 確実に稼ぐなら、路上で幻影魔法の大道芸でもした方がいいんだろうけど……やっぱりまだそこまでは、できそうにないのよね」


 テーブルの上に広がる雑誌の上に乗った黒猫は、素知らぬ様子で眠っている。相変わらずリッカには塩対応だ。


 リッカも返事を期待しているわけではなく、ひとりで話し続ける。


「でも、だからといって、私に普通のお仕事なんて無理だと思うでしょう? ……毎日決まった時間に出勤して仕事が終わるまで拘束されるとか……絶対嫌だもの!」


 好きな時間に好きなことをして、それでお金を稼ぐのがリッカの理想。だからこそ、幻影魔法使いとして頑張ってきたのだ。

 ――――まあ、契約破棄されてしまったのだけど。


「そういう自由がきくのは、やっぱり冒険者くらいかしら? ……冒険者……冒険者かぁ~」


 頭の後ろで手を組んだリッカは、そのまま首をそらし天上を見つめた。




 実は、リッカは冒険者登録証を持っている。学生時代に、生活科の実習授業で実際に冒険者登録をして、学園近くのダンジョンに潜ったことがあるのだ。引率教師の指導の下、ダンジョン産の薬草を採取したり弱い魔獣を狩ったりするのが目的で、手に入れた品を冒険者ギルドで換金するまでが一課程。


(自分で得たお金を自分のものにできるというのが最高だったのよね。苦学生だったから、ものすごくありがたかったし。……Cランクまで取れたから、登録はまだ生きているはずだわ)


 冒険者のランクはFからはじまってSランクまで。DからFは期限付きの登録証で、定期的に更新しなければその時点で資格を失ってしまうのだが、Cランク以上に更新義務はないはずだ。要は、お遊び気分の登録では、なかなかCランクまでなれないのが常識なのだが――――。


(なぜか私Cランクになれたのよね? 学生なのにCランクとか、おかしいと思うんだけど……)


 リッカが異例の認定を受けたのは、担当教師の推薦があったから。

 半ば強引にリッカをCランクにした彼に理由をたずねたことがある。


『仕方ないだろう。学生のはCと決まっているんだ』


 下唇を突きだした、たいへん不本意そうな声が返ってきた。




(私のたずねた意図とは違った答えだったけど……なんだか話が長くなりそうな雰囲気がしたから、それ以上聞くのは止めたのよね。ちょっと教師だったし、どうせ冒険者になるつもりはなかったから、まあいいかって思ったのよ)


「こんなことになるんだったら、もうちょっとよく聞いておくんだったな。……まあ、でも間違いであれなんであれCランクの冒険者証は持っているんだから、冒険者として働くことはできるわよね? ちゃちゃっとダンジョンに潜って生活費を稼ぐのが一番かな?」


 どう思う? とリッカがたずねるのは、もちろんビィアだ。

 寝ている黒猫から返事はない。

 気にせずリッカはひとりで頷いた。



「よし、冒険者ギルドに行こう! …………



 翌日は雨だったので、リッカがギルドに行ったのは、翌々日だった。








 マルグレブの冒険者ギルドは三階建ての大きな建物だ。入り口は広く開け放たれていて、多くの冒険者で賑わっている。

 中に入ると窓口が五つあり、それぞれ担当業務ごとに別れていた。


 備えつけの『ダンジョン潜入申請書』に必要事項を記入したリッカは『受付』と書かれた看板のある窓口に並ぶ。

 学生時代以来、久々のギルドだ。ガヤガヤと賑やかなのは、以前行ったギルドと変わらないが、なんとなくこちらの方が活気に溢れているように見える。


(ダンジョンが近いせいかしら? それともお国柄?)


 キョロキョロしていれば、すぐに順番がやってきた。


「おはようございます。こちらでは申請書とギルド証をご提出ください」


 受付にいたのはアプリコット色のくせ毛をポニーテールにまとめた若い女性だ。おそらく定型句なのだろう言葉を口にして、リッカを見てくる。


「あ、はい。申請書と……はい、ギルド証です」


 求められてギルド証も提示したのだが、とたん大声で叫ばれた。


「えぇっ? がCランク!」


 …いやいや、お嬢ちゃんはないだろう?


「私、お嬢ちゃんじゃありません。こう見えて二十七歳ですよ」


 小柄で童顔なのは認めるが、この年齢で「お嬢ちゃん」なんて呼ばれても嬉しくない。

 リッカは、ムッと口を尖らせ抗議した。


「二十七歳? ……あ、そう言われればそうかもしれないけど? ……え、でも二十七歳でCランクって――――」


 受付嬢は、リッカの提出した申請書には目もくれず、ギルド証ばかりを見ている。


「……それで、受付はしてもらえるんですか?」


 リッカが催促すれば、ハッと顔を上げた。


「ちょっ、ちょっとお待ちください!」


 そう言って奥へ走っていってしまう。


 ――――今回リッカが申請したのは、ダンジョン産の薬草採取と入り口付近の弱い魔獣の討伐だ。Fランクの初心者でもできる内容で、期間は一日。Cランクのリッカであればなんの問題もない申請のはずなのに。


(受付印をポンと押せば終わりじゃないの? いったい、なにをグズグズしているのよ)


 ブスッとむくれながら待っていれば、なぜか受付嬢の代わりにスキンヘッドの男性が現れた。とても背の高い男性で、探るような視線が上から降ってくる。


「……君が『Cランク冒険者のリッカ』か?」


 冒険者同士は、名前に敬称をつけない。命の危険に晒され一刻を争うときに、敬称をつけて呼ぶような無駄を省くためだ。敬称どころか名前も短ければ短いほどよしとされるので、本名が長い者は愛称のような通り名で冒険者登録をするくらい。


(私は本名だけど……)


 なので、呼び捨てにされたのは一向にかまわないのだが、他人に名前を聞くときは自分から名乗るのが普通ではなかろうか?

 そう思ったリッカは、上目づかいで相手を睨む。


「あなたは?」


「これはすまない。マルグレブ冒険者ギルドのギルド長ソーコーだ」


 あっさり謝られてしまった。

 しかもギルド長?

 どうしてそんな大物が出てくるのだろう?


 リッカは、ちょっと慌てる。


「リッカです」


「少し話を聞きたいのだが、いいかな?」


 仕方なく名乗れば、そんなお誘いを受けた。あまりよくはないのだが……しかし、相手はギルド長。ここで断るのはうまくないかもしれない。

 周囲にいる冒険者たちも、なんだなんだと、こちらに視線を向けてきた。


(目立ちたくないし……仕方ないわ、ここは素直に従っておこう)


 不承不承頷けば、ギルド長の執務室に案内された。

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