第21話 トウジだって活躍したい!

 ダンジョン七階も同じ地底湖エリアで、リッカとトウジはサクサクと攻略した。

 そして着いた八階は……ジャングルだ。

 鬱蒼と生い茂る木々と繁茂する蔓植物で、視界を埋め尽くすのは、緑、緑、緑一色。これでもかと迫るような勢いで伸びる巨大な葉が、侵入者を拒絶している。

 ひと通り見渡してみたが、人が足を踏み入れる余地なんてどこにもないように見えた。


「……これは、スゴいですね」


「ああ。でも、前に来たときはここまでじゃなかったような気がするんだが?」


 トウジは呆然としているようだ。


「ダンジョンの中でも植物は生長するんですね」


 リッカは、感心したように呟いた。たしかにそうでなければ、薬草なんかは採り尽くされてしまうのだろう。


「いや、しかし……これは――――」


 リッカは納得したが、トウジはまだ釈然としないようだ。ジャングルを見てはリッカを見る動作を繰り返す。

 やがて――――。


「そうだな。そういうこともあるかもしれないな」


 諦めたように視線を遠くした。


「それにしても静かだな」


 続くトウジの言葉とおり、ジャングルは物音ひとつしない。肌に重くのしかかるような湿気やじわりと汗ばむ熱気、モワッとした草木や土の匂い等々、聴覚を除いた五感のすべては目の前のジャングルをいやと言うほど感じさせるのに、音だけがこの場から消え失せている。


「ビィアがいますからね」


「まあ、そうだね」


「ニャー」


 相変わらずビィアの存在は、魔獣を怖がらせているらしい。普通であれば聞こえるはずの鳥の声や虫の、生き物が動くことでこすれる葉の音や木や土の踏みしだかれる気配まで、ビィアの前では息をひそめるのだから、桁違いだ。


「……でも、これほど鬱蒼としたジャングルだと、ビィアも埋もれて見えなくなっちゃいそうですよね?」


 ビィアは小さな黒猫だ。どんなに周囲に怖れられる存在でも、大きな葉陰に見えなくなってしまったら、敵も味方もその姿を見失うのではなかろうか?


 ふとそんな疑問がリッカの脳裏を走った。 

 

「この階は、ビィアじゃダメかしら?」


「ニャッ!」


 リッカの言葉に、ビィアが慌てたように抗議(?)する。


「でも……ビィア、見えなきゃ怖がってもらえないでしょう?」


「ニャッニャッ!」


 猫の首がブンブンと横に振られた。違うと主張しているのはわかるのだが、リッカはちょっと同意できない。


「わがまま言わないの。ビィアだって、さっき帰るのを嫌がったヨルムに呆れていたじゃない」


 七階から八階に来る際に、地底湖を割る必要のなくなったヨルムには当然のことながら帰ってもらったのだ。しかし、その際ヨルムはものすごく抵抗し『このまま一緒にいたい!』と駄々をこねまくった。


『お願いします! 私の魔法の力があればダンジョン攻略などお茶の子さいさい! あっという間に踏破してみせますから!』


 無駄にウワァ~ンウワァ~ンと響く声で叫ばれて、頭をシェイクされているような気分になったリッカは眉をひそめる。


「そんなのわ。せっかくCランク冒険者のままでいられるのに、ダンジョン踏破なんてしてしまったらランクが上がっちゃうじゃない。私が望むのは、のんびり楽々スローライフなのよ。ダンジョンではそこそこ稼げればそれで十分なの! ……ということで、強力な魔法なんて必要ないからさっさと帰ってね。ヨルムの力が必要になったら、また呼んであげるわ」


『そ、そんな――――』


 ヨルムは泣きながら帰っていった。

 それをビィアは冷たい目で見送っていたはずなのに。


「ビィアもジャングル階を抜けたら、また呼んであげるから」


「ニャ、ニャ、ニャア~ッ!」


 なにやら大きな声で鳴いたビィアは、ジリジリと後退った。イヤイヤをするように首をプルプルと横に振る。



「……えっと、無理にビィアを帰さなくてもいいんじゃないのかな?」


 そんなビィアに救いの手を差し伸べたのは、トウジだった。


「トウジ?」


「ビィアが魔獣避けにならないにしても、一緒に歩くのに邪魔になるわけでもないし。この階の魔獣への対処と道案内なら、俺がするから大丈夫だよ」


 今までほとんど手を出さなかったトウジだが、彼はSランク冒険者だ。ダンジョン八階程度なら苦もなく攻略できる。


「いいんですか?」


「もちろん。俺たちはパーティーなんだから。協力し合うのは当然だろう? たまには俺にもいいとこ見せさせてよ」


 眩しいほどの笑顔でそう言った。


「わかりました。お願いします」


 たしかにトウジの言うとおり。自分たちはパーティーだったのだとリッカは反省する。


「……ニャ」


 帰らなくて済んだビィアだが、なんだか不満そう。ジトッとトウジを睨んでいる。


「ということで、してもいいかな?」


「えっ?」


「ニャッ!」


 驚くリッカとビィアに向かい、トウジは背中を向ける。


「別にでもいいんだけど……前がよく見えた方がリッカも安心かなと思って。魔法を使って高速移動するから、どっちでもいいから俺に運ばせてほしいんだ」


 どうやらトウジはリッカを抱えジャングルを高速で駆け抜けるつもりらしい。顔だけこちらに向けて話すトウジの背中は大きくて、リッカはまじまじと見つめてしまった。


「で、でも私、重くないですか?」


 女性としてそこは気になるところだ。

 トウジはクスッと笑う。


「大丈夫だよ。そんな心配まったくいらないと思うけど、魔法で身体強化もかけるからリッカの体重が百キロでも余裕だ」


「さすがに百キロはないわよ!」


 プーッと頬を膨らませるリッカに「ごめん」とトウジは謝った。


「で、どっちにする?」


「…………おんぶで」


 トウジは美形だ。その美しい顔をまともに見る形で抱き上げられるのは、ちょっと恥ずかしいなとリッカは思う。


「了解。じゃあどうぞ」


 促されたリッカは……恐る恐るトウジの背におぶさった。手を首の前に回し、ギュッとしがみつく。


「うん。それでいい。しっかり掴まっていてね」


 すっくと立ち上がったトウジは、次の瞬間ビュン! と飛びだした。


「うわっ!」


 リッカの視界の中で、緑のジャングルが流れるように過ぎていく。

 一陣の風となったふたりの後を、黒い子猫が不機嫌そうに追っていった。

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