第22話 嫌がらせ攻撃?

 最初こそ緊張したものの、トウジの背中は大きく温かくリッカを支える手はビクともしなかった。不安定なはずのジャングルを走っているのに上下にも左右にも揺れは少なく、時折ピョンと跳ねる際にも感じるのは恐怖ではなく、むしろわくわく感。着地は軽やかで衝撃もごくごく小さいため、リッカはいつの間にかとてもリラックスしていた。


 そうなれば、自ずと周囲に目を向けることもできる。

 なんの障害もなく進んでいるように見えたジャングル内にも、実にさまざまな魔獣の姿があった。木々の上にとまる色鮮やかな鳥や枝に絡まる斑模様の蛇。木から木へ飛び移るクモザルの一種や我が物顔で地を歩くネコ科の肉食獣等々。


(……まあ、みんなトウジに躱されるか、ビィアに気づいたとたん逃げだすかのどっちかなんだけど)


 懸念したとおり、ビィアはジャングルの葉に埋もれ他から見えなくなった。なので、どの魔獣もビィアには気づかず、リッカを背負って移動するトウジに襲いかかってくる。

 鋭い爪や毒をしたたらせた牙、時には体当たりしてくるその攻撃から、トウジは最小限の動きで逃れていた。


(よほど動体視力がいいのね。あと反射神経も)


 リッカは心の中で、さすがSランク冒険者と感嘆する。

 トウジに攻撃を避けられた魔獣たちは、当然怒り狂いもう一度襲いかかろうとするのだが……その瞬間にトウジの足下近くを走る黒猫の姿にようやく気づくのだ。


 ビクッ! と震えるモノ。ギクッ! と硬直するモノ。反応は様々だが、ビィアを目にした魔獣たちは慌てて逃げて行く。


(もっとよく見てから攻撃してくればいいのに……。でも、これだけ葉が生い茂っていたら無理なのかしら)


 たぶん襲ってくる魔獣たちの中には、視覚ではなく聴覚や熱によって獲物の位置を定めるモノもいるのだろう。


(そういった相手にもビィアがわかるようにするには、どうしたらいいのかしら? ……そうだわ! 巨大化できる能力をつけるのはどうかしら?)


 リッカは頭の中でいろいろ考える。

 そうこうしている間に、トウジはジャングルの中の広場みたいなところに止まった。

 鬱蒼としていた頭上の緑にポッカリと穴が開き、そこから青空が見える。


「ここは?」


「ダンジョン内のセーフエリアだよ。魔獣避けの結界が張られているから安心して休むことができるんだ。……リッカが疲れたんじゃないかと思ってね。休憩しよう」


 ずっと背負われていたリッカに疲れはない。むしろ疲れているのはトウジでは?

 しかし、そう思って見たトウジは、ピンピンしていた。ここでもまたリッカはSランク冒険者の体力を思い知ることになる。


「お茶を沸かそうか。……紅茶でいいかな?」


 リッカに聞きながらトウジは、手際よくマジックバッグからバーナーを取りだしケトルをセットする。


「あ、手伝うわ」


「いいよ、いいよ、休んでいて。……あ、これシートマット。広げると自動的に空気が入ってクッションが効くからセットしてくれるかな」


 そう言ってトウジが渡してきたのは、クルクルと巻かれたシートだった。広げればたしかに膨張し座り心地のいいシートになる。


「いろいろ便利なものがあるのね」


「冒険者にとってセーフエリアでどれだけ休息できるかは、直接生存率に繋がるからね。あと単純に、俺がこういった便利道具が好きだってこともある」


 ニコッと笑いながらトウジは、カップに紅茶を淹れて渡してくれた。フローラルな香りに渋みが加わったストレートティーだ。


「あ、ありがとう。……あ! そうだ、あれ!」


 すごいなぁと思いながら受け取ったリッカは、ハッと自分が持ってきたバッグの中身を思いだす。ゴソゴソとあさって目当てのものを取りだした。


「一緒にどうですか? この前の小麦で作ったスコーンよ!」


 軽い食感でシンプルなお菓子のスコーンはリッカの好物だ。なにより紅茶にとてもよく合う。


「いいね。最高だ」


 トウジも嬉しそうに受け取った。

 その後ふたりでティータイムを楽しむ。


「このスコーンすごく美味しいよ」


「トウジの紅茶も最高だわ。こんなに香りがいいなんて――――」


「結構高い茶葉を使っているからね。気がついてくれて嬉しいよ」


 とてもここがダンジョンの中とは思えないほどくつろぐふたり。

 紅茶談義に花を咲かせていれば……リッカの視界の片隅で黒い尻尾がパシパシと地面を叩くのが見えた。


(いけない! ビィアを忘れていたわ)


 あの尻尾の動きは、相当ストレスがたまっているときのもの。

 リッカは焦って声を上げた。


「あ、あの! 私、ビィアに新しい設定を付けようと思って」


「え?」


 トウジが驚いてまばたきした。


「新しい設定?」


「えっと……体を大きくできる能力か、そうでなければ空を飛べる力とか! そうすれば、ビィアも葉っぱに埋もれなくなるでしょう? ……そ、その、ずっとトウジにおぶってもらうのも悪いし――――」


 目を丸くして聞いていたトウジは、やがて苦笑する。


「俺は、リッカをずっと背負っていても全然平気だし、むしろなんだけど」


 そんなことを言いだした。


「へ? え、あ、役得……って?」


「ニャーッ!」


 ビィアが威嚇の声を上げた。


「ああ、ごめん、ごめん! 大丈夫。誓って不埒な真似はしないよ! でも、って思っている女性を背負えるなんて、男冥利に尽きると思わないかい?」


「ニャニャーッ!!」


 トウジとビィアは通じているのかいないのかわからない言い合いを繰り広げる。


(……なんだか通じているっぽいけど? ……えっと? ってことは、トウジは私を『いいな』って思っているってことなの?)


 リッカの顔は……ボッと熱くなった。


(そ、そんな! ……あ、でも、落ち着け私! いいなって、友だちとしていいなってことよね? パーティーを組む相手としていいなってことで……)


 落ち着けと言い聞かせているのに、バクバクと心臓の鼓動が早くなる。





「――――リッカ! リッカ! うわっ、ちょっと……ごめんって! リッカ、ビィアを止めてくれ!」


 動揺していたリッカは、なんだか焦ったふうのトウジの声で我に返った。


「え?」


 見れば、ビィアがトウジの体を行ったり来たりして


「うわっ! なんか、ぞわぞわする。視覚的にも怖いし――――」


 トウジは両手で自分の腕を抱え、気持ち悪そうに震えていた。


「ビィア! なにしてるの?」


 リッカは慌ててビィアを止める。


「もうっ! ビィアったら、自律神経に攻撃したりしていないでしょうね? あれは、いけすかない相手限定のなのよ!」


 ビィアは慌ててリッカの足下に近づき猫なで声で媚びた。


「自律神経に攻撃――――?」


 トウジは、震えも止まり呆然とする。


「あ、正確には交感神経に働きかけて自律神経のバランスを崩しているんです。そうすると過度にストレスをかけた状態と同じようになって、相手はわけもわからず体調不良を起こすから、嫌がらせに最適かなって」


 てへっとリッカは無邪気に笑う。




「………………へぇ~、幻影でそんなこともできるんだね?」


 たっぷり間をあけて、トウジは言葉を絞りだした。


「ビィアはだもの! 猫って人をリラックスさせてくれるでしょう? だったら正反対に不快にさせることもできるんじゃないかな? って思って『設定』したらできました!」


 ドヤ顔のリッカに頭を抱えるトウジ。


「……でも、攻撃手段としては地味なんですよね。だからやっぱりビィアの巨大化とかした方がいいのかなって」


 悩むリッカの足下で、ビィアは尻尾をブンブン振っている。


「――――これ以上ビィアには必要ないんじゃないかな」


 ポツリと呟いたトウジに、ビィアが再びすり抜け攻撃を仕掛けた。

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