第20話 石の意志?

 ビィアの尻尾に光が宿る。


 照らしだされた地底湖の底から見る光景は、とても幻想的だった。

 ユラユラと揺れる透明な水が両脇にそびえ、水中には大きな岩があちこち突きだし影を作る。水はくらいがあくまで透きとおり、悠久の歳月を思わせた。


 ……しかし、そこを泳ぐのは、水中ダイビング用の防具に身を固めた無骨な冒険者たちだ。三人一組の彼らは、目と目を見合わせ首を横に振っている。


「きっと、どうして魔魚がいないんだって不思議がっているんだろうな」


 トウジが苦笑しながら彼らを目で追った。次いで視線を向けたのは、前を行く黒猫の背中。魔魚も魔獣の一種なので、現れないのはビィアのせいなのだ。湖底を歩く黒猫を怖れた魚たちは、すっかり姿をくらませてしまっている。


 上を見れば、小舟の船底が水越しに揺れていた。きっと船上でも冒険者たちが、さっぱり獲物が現れぬことに首を捻っていることだろう。



「……なにか、すいません」


 リッカが申し訳なさそうに謝った。


「別にかまわないさ。魔魚が逃げるのはビィアがいる間だけだろう? 俺たちがさっさと通りすぎれば、普通に戻ってくるはずだ」


 水中を泳いだり小舟を漕いだりしている冒険者たちは、獲物を探しているために進行速度が遅い。湖底を歩いているだけのリッカたちがこの場を立ち去れば、魔魚は普通に現れるため問題ないとトウジは言った。


「でも、トウジだって少しはダンジョンで成果を上げたいでしょう? 今日はまるっきり私につき合っているから、なにも捕れていないじゃない」


 トウジは、五階の宝箱の中身もそっくりリッカに譲ってくれたのだ。少しは彼にもなにか得るものがなければ申し訳ないとリッカは思う。


(この湖底の魔魚は美しい白鱗が有名で、大物が捕れれば高値で売れるはずなのに)


 申し訳なさそうなリッカに対し、トウジは困ったような顔を向けた。


「そんなこと気にする必要はないよ。成果なら、そうだな――――こので十分さ」


 言葉の途中で足下に目をやったトウジは、無作為に見える動作で湖底の小石をひとつ拾う。


「この石で?」


「ああ。これはだよ」


 魔石とは魔力を含んだ石のこと。さまざまな魔法の手助けになるし魔道具の原動力にもなるため、高値で取引されている。


「魔石ですか?」


「ああ。それもかなり良質な水の魔力を宿している。これひとつだけで魔魚の十匹や二十匹分の稼ぎは十分あるよ」


 リッカは目を見開いた。なぜなら、トウジが拾ったような小石は足下にゴロゴロしているからだ。中には両手で抱えなければ持てないような大きな石もある。


(あの小石が魔魚十匹分だとしたら、この石は何百匹分?)


 リッカの頭の中で、魔魚が群れを成し乱舞をはじめた。白い鱗がグルグルと花吹雪みたいにリッカの周囲を回っている。


(いや、魚何匹分とか考えるから変な妄想しちゃうのよ。……と、ともかく! これは高価な魔石ってことよね)


「え、えっと。それならこの石を持って帰れれば問題なしってことですよね。いっぱい拾っていってください!」


 リッカが勧めれば、なぜかトウジは首を横に振った。


「俺はこの石だけで十分だよ。それほどお金に困っていないし……それに、この地底湖の魔石は発見が難しいことで有名なんだ。それを一度にたくさん出したら、いったいどうやって見つけたんだって話になるだろうからね」


 それは困る。とても困る。

 そもそも注目を引きたくないからとわざわざ隠蔽までかけて湖を割ったのに、魔石で目立ったら台無しだ! と、リッカは思う。


「でも、こんなにいっぱいあるのに……どうして見つからないんですか?」


 リッカは不満げに魔石を睨みつけた。


「仕方ないよ。今は水から出ているからはっきり見えるけど、この石は水中では透明になるからね。……それに、本来こんなに固まってあるものでもないはずなんだ」


 たとえ見えなくとも湖底にこれほどあるならば、手当たり次第にすくったり地引き網でもなんでも使って底をさらったりすれば、石ぐらいいくらでも採れそうだ。しかし、そう思いついて実行した冒険者で成功した者はいなかった。

 理由はいろいろ考えられているが、これだという正解は見つかっておらず、とにもかくにもこの地底湖の魔石は滅多に手に入らないというのが冒険者の常識だった。


「……まあ、常識なんてリッカの前では考えるだけ無駄なんだろうけどね」


 トウジが小さな声で言葉を漏らす。


「え? 常識がどうかしましたか?」


 よく聞き取れなかったリッカが聞き返した。


「ああ、なんでもないよ。……ひょっとしたらこの魔石にはがあって、リッカに見つけてもらいたくてこんなにたくさん出てきたんじゃないかな? なんて非常識なことを考えたんだ」


「ええっ! 魔石に意志が? ――――フフッ、トウジって意外とロマンチストなんですね」


 トウジが冗談を言ったと思ったリッカは、面白そうに笑う。

 トウジは、苦笑した。


「ロマンチストか、本当にロマンチストなだったらいいんだけどね。……ということでリッカ、俺のロマンチスト思考を満足させるために、君もこの魔石を少し拾っていってくれないか?」


「え? 私が?」


「ああ、だってこの石はに現れたんだ。君が手に入れなければまずいんじゃないかと思うんだ」


 トウジは大真面目。その視線はなぜか前を行くビィアとヨルムに向いている。

 トウジの言葉にプッと吹きだしたリッカは「わかったわ」と頷いた。


「じゃあ、ふたりで石を拾ってあとで山分けにしましょう! その方が私は嬉しいし、私が嬉しければ石も満足するはずですよね?」


 首を傾げて同意を求められたトウジは「まあ、それでもいいのかな」と、こちらも首を傾げる。


 ビィアが「ニャー」と鳴いた。



 その後、リッカとトウジはマジックバッグに手頃な石を詰めながら湖底を歩いて行ったのだった。

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