第24話 石像だって魔獣です
その後、リッカとトウジは順調にジャングルを進み八階を攻略した。
「……もうお腹いっぱい」
「うん。俺も当分果実は食べなくてもいいかな」
ジューシーなフルーツは美味しいのだが、何事にも限度はある。次もジャングルだったらどうしようと思ったのだが、幸いなことに九階は煌びやかな宮殿だった。
広い廊下にステンドグラスの窓。壁には等間隔に異国情緒たっぷりな大壺が並び天井からは豪華なシャンデリアが明るく照らす。
他に冒険者の姿はなく、大理石の床にはリッカとトウジの影が落ちるだけだった。
「うわぁ! 綺麗」
「綺麗なだけならいいんだけどね。ここはトラップ満載で悪意の塊みたいなエリアだよ」
ほら、と言いながらトウジは八階で採ってきた硬い木の実をひとつ投げる。
カツンと実が床に落ちたとたん、その場にパカッと穴が開いた。次いで天井からドドドッと水が落ちてきた。
「穴の底には槍がビッシリ上を向いて埋められていてね。その上で、水流で叩き落とそうとか……えげつないったらないよね?」
ハハハと笑ったトウジの言葉に頷く以外ないリッカだ。
「で、でも! こんなときこそビィアの出番です!」
「猫の道案内か……やっぱりトラップも見抜けるんだね?」
なにかを諦めたような雰囲気を漂わせて聞いてくるトウジに、リッカは力強く頷き返す。
ビィアは自慢そうに尾を揺らした。
しかし――――。
「でも今回はいいかな。ここの道案内も俺ができるから」
トウジの言葉に、黒い尻尾がシュンと下を向く。
「さすがSランク冒険者――――」
「それほどでもないよ。ここはまだ八階だからね。この程度のトラップならCランクでも解除できるんじゃないかな?」
……リッカはCランク冒険者だ。でも、とてもではないがこんなトラップを解除できそうにない。
ちょっと項垂れたリッカを見たトウジは、慌てて言葉を続けた。
「もちろん、全員じゃないよ! みんな得意不得意があるからね。Cランク以上の者だってできない奴はできない。……だからこそパーティーを組んで助け合うんだ!」
言われてみればそのとおり。少し上を向いたリッカに対し、トウジは言葉を重ねる。
「それにリッカにはビィアをはじめとした幻影がいるじゃないか! 幻影は君の魔法なんだから、ビィアたちを使ったトラップ解除は間違いなく君の実力だよ!」
ビィアがリッカの足下に来て「にゃぁ」と鳴きながら体を擦り寄せてきた。
「そっか。そうよね」
「ああ。リッカ、君は間違いなくすごい冒険者だ」
トウジに褒められリッカは、満更でもない気分を味わう。
「あと、ここをビィアに任せっきりにできない理由は他にもあって……ここはトラップだらけだって言っただろう? ――――ビィア、一番近いトラップのない場所に移動してくれないかな?」
リッカに話しかけていたトウジは、途中でビィアにお願いした。
もちろんビィアは知らん顔。
「ビィア、トウジの言うとおりにやってみて」
リッカの声がけでようやく動きだした。
「ニャン!」
そうしてビィアが移動したのは七、八メートルほど先の床の上。そこから得意げな顔で振り返ったのだが……リッカは唖然としてしまう。
「え? あんなに遠いの?」
「そうなんだ。この階では、トラップのある場所を見つけることより、ない場所を見つけることの方が難しいんだよ。しかもそれぞれがかなり離れていて、普通の移動手段じゃたどりつけないところばかりなんだ」
幻影魔法は使えても、リッカの身体能力はごくごく普通かむしろ劣っているくらいだ。七、八メートル先の床に一歩で移動できる術はない。
「リッカのことだから、こういう場面に対応できる幻影をきっと持っているとは思うんだけど……今はその幻影を出すより俺がやる方が早いだろう?」
たしかに、ざっと考えただけでも思い当たる幻影はいくつかあるが、そのどれを選んだとしてもヨルムの二の舞になるとしか思えない。
トウジの言葉は聞けば聞くほど納得できることばかりだった。
「わかったわ。この階の移動はトウジにお願いします」
それを聞いたトウジは「任せて!」と、すごくイイ笑顔で笑う。
そのままリッカに背中を向けてきた。
「……え?」
「さ、早くおぶさって」
「ええっ! またおんぶ?」
リッカは情けない声を上げた。
「抱っこでもいいよ?」
そっちはなおさらあり得ない。
リッカはしばし葛藤した。そして……今さらかと諦める。
(一度も二度も変わらないもの。だったら女は度胸よね?)
リッカは、えいっ! と勢いつけてトウジの背中にしがみついた。
――――そこから先はスムーズで、豪華絢爛な宮殿内をトウジはぴょんぴょんと跳んで移動する。
しばらく進んだ場所でピタリと止まった。
その場にリッカをそっと降ろしてくれる。
「トウジ?」
「うん。ここには本当はトラップがあって、足を踏み入れたとたんあの石像が襲いかかってくるはずなんだけど――――」
そう言ってトウジが指さしたのは、大きな扉の両脇に置かれた二体の悪魔の石像だ。ギョロリと飛びでた目と鋭い牙がなんとも恐ろしい像で、頭には二本の角がある。背には羽毛のない飛膜だけの羽が生えていた。
いかにも人を襲う悪魔といった姿なのだが、襲いかかってくるどころかピクリともしないのはなぜだろう?
「……えっと? 故障でしょうか?」
「それはないよ。石像だけど魔獣の一種だからね。……きっとビィアが怖いんじゃないかな? 震えているみたいだし」
「――――へ?」
思いがけないことを言われて、リッカは驚いた。
(黒猫の恐さは石像にも有効なの?)
そう言われて見れば、たしかに石像の額に水滴がビッシリついている。
「ひょっとして……冷や汗だったりするの?」
トウジは「たぶんね」と言うと扉の方へ進んだ。
彼の前にはビィアがいて、石像には目もくれず扉をするんとすり抜け中に入っていく。
とたん、中からガガガッ! と大きな音がした。
「きゃっ! ビィアったらなにをしたの?」
岩石が崩れるような破壊音にリッカは不安になる。
「中の石像が自滅したんじゃないかな? リッチのときみたいに」
リッチが出たのは五階のボス部屋だ。
「え? ここボス部屋だったんですか?」
「ボス部屋じゃないけれど宝箱が出る部屋なんだよ。トラップとしてあの石像と同じような魔獣がたくさん設置してあったはずなんだけど――――」
言いながらトウジは片足を振り上げてそのまま扉を蹴り開けた。
たいへんワイルドな開け方で、リッカはびっくりする。
ダンッ! と勢いよく視界がひらけ、中が見えた。
……高さはおよそニメートルほどだろうか? 扉の両脇にいたものにそっくりな石像が、ドミノ倒しみたいにたくさん倒れている。
「いつもならこの石像たちが揃って襲いかかってくるんだけどね」
石像はどれも無残に壊れていた。
「ニャァ~」
一番大きな石像の残骸に乗ったビィアが、機嫌よさそうに鳴いた。
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