第16話 どうやら猫好きみたいです

 製麺機は、ハンドルで回すタイプで、こねて伸ばした生地をセットすればあっという間に好みの細麺を作ってくれるすぐれもの。


 お祝いだと言うので、てっきりお菓子かお花でも出てくるのかと思ったリッカは、びっくりした。


「これは?」


「ダンジョンの宝箱からかなり多くの小麦粉が出てきただろう? パスタとか作るのならこれがあると便利かなと思って。……パン生地こね機とどっちがいいかと悩んだんだけど、パン生地はストレス解消も兼ねて自分で叩きたいって人もいるって聞いたから」


 だから製麺機を買ってくれたのだろうか?


(トウジが自分で選んだの? ……Sランク冒険者のトウジが、製麺機にしようかこね機にしようか本気で悩んで?)


 ものすごく驚いて――――そしてリッカは笑えてきた。


「ありがとう、トウジ! すごく嬉しいわ!」


「そう言ってもらえて、よかったよ。きっとリッカなら喜んでくれると思ったんだ」


 それはどういう評価だと思わないでもないのだが……本当に嬉しかったのでどうでもいい。


(これでたくさんパスタが造れるわ!)


 ついでに言うなら、リッカもパン生地は自分で思いっきり叩きたい派だ。製麺機で大正解!


 嬉しそうにハンドルをクルクル回すリッカを見て、トウジは満足そうだった。次いで、マジックバッグからもっと大きなを引っ張り出す。


「……あと、これはビィアに」


 現れたのは、高さ三メートルほどの木の棒と板を組み合わせただった。四段の階層構造になっていて、真ん中の階段には穴のあいた四角い箱が乗っている。



「これって――――」


だよ。もうすでに持っていたらどうしようと思ったんだけど、なかったみたいでよかった」


「キャットタワーって……」


 リッカは言葉を失った。だってビィアは幻影だ。幻影のビィアにキャットタワーがいるなんて、誰が思うだろう。


 少なくともリッカは買おうなんて思わなかった。

 振り返って見れば、ビィアも驚き固まっている。黒い目がまん丸だ。


「猫は高いところが好きだって聞くし、きっと気に入ってくれると思うんだ」


 そう言われればビィアはいつも棚の上に乗っている。猫の幻影だからと思っていたが、そうであればキャットタワーも好きなのかもしれない?


(それに尻尾がゆらゆらと揺れているような? ……あれって、興味のあるものを見たときの反応じゃなかったかしら?)


「……ビィア、乗ってみる?」


 聞けばビィアはビクッとした。プンと横を向いてしまう。――――やっぱり気に入らないのだろうか?


「そ、そうよね。ビィアは幻影だものね。せっかく持ってきてもらったけど、キャットタワーなんて――――」


 わざわざ持ってきてもらって悪いが断ろうとしたリッカの言葉を、トウジが急いで遮る。


「試しに一度だけでも乗ってみてくれないかな? 黒が映えるように白い木でしたキャットタワーなんだ。……お願い! このとおり!」


 両手を合わせ拝むように頼まれて、リッカは悩んだ。特注なんて、とても高かったのではないだろうか? それを聞いてしまっては、断りにくい。


「……えっと、ビィア。一度だけなら、その、乗ってあげてもいいんじゃないかな?」


 結局ビィアにそう言った。トウジのキラキラした期待の目に負けたともいう。


 ビィアは……嫌そうだった。それでもゆっくり立ち上がると、キャットタワーの方に近づいていく。


(……でも、本当に嫌なら聞こえないふりをするのよね? それにやっぱり尻尾がゆらゆら揺れているような?)


 ひょっとしてビィアはそれほど嫌じゃないのではなかろうか?


 そう思って見つめているうちに、ビィアはキャットタワーに辿り着いた。軽々と一番下の段に飛び上がると、それから軽やかに段を移り、たちまちてっぺんに立つ。

 そこでおもむろに香箱を組むと、こちらを見下ろしてきた。

 表情がものすごく偉そうで――――いわゆるドヤ顔だ。段の向こうには、機嫌良く揺れる尻尾が見える。


(無茶苦茶気に入っているじゃない)


 リッカはちょっと呆れてしまった。


「ああ、思ったとおりだ。ビィアにそのキャットタワーはよく似合うよ。まるで王さまみたいだ……邪魔になるかもしれないけれど、よかったらもらってくれないかな? ビィアが時々でも使ってくれると嬉しい」


 トウジが笑顔で頼んでくる。


「でも、こんなにもらって悪いわ」


 さすがにリッカも遠慮した。お祝いと言われたが、リッカは既に製麺機をもらっているのだ。この上キャットタワーまでなんて、申し訳なさすぎる。


 しかし――――。


「俺がもらってほしいんだ! もしも大きすぎて置く場所に困るようなら、もう少し小さいサイズで作り直してもらってくるから!」


 いやいや、それはなおさら申し訳ない。


「大きさはこのままで大丈夫よ! でも、これじゃ私がもらいすぎで――――」


「そんなことはないよ。俺が好きで贈るんだから」


「でも!」


「お願いだ。もらってほしい!」




 リッカとトウジの言い合いは平行線だった。

 やがて、トウジは「だったら――――」と言いだす。


「もしリッカがよければ、今度俺とを組んでくれないかな? 一緒にダンジョンに潜ってほしいんだ」


「え? ダンジョン?」


「ああ。リッカがいれば、あっという間にダンジョン内を進めそうだし……それに、ビィアが一緒ならすごく楽しいと思う!」


 なんだか、トウジはすごく必死だった。


(……もしかして、この人ビィアが大好きなんじゃないかしら? ビィアと一緒にダンジョンに行きたいとか?)


 わざわざお祝いにキャットタワーを持ってくるくらいだ。あまりそうは見えなかったのだが……実は大の猫好きなのかもしれない。


(本当は猫をモフモフしたいのに、大の男の冒険者が「そんなことできない!」とか思って我慢しているのかもしれないわ。……それでも我慢できずに、なんとかビィアに近づきたくて、私にパーティーを組もうなんて言っているのかも?)


 そう考えたら――――なんだかトウジが見えてきた。


「わかったわ」


 だからリッカは了承する。


「え?」


「パーティーを組んでもいいわよ。それでダンジョンに潜りましょう。……ビィアも一緒にね!」


 トウジは目を見開いた。


「本当に?」


 恐る恐る聞いてくるので、首を大きく縦にふる。


「……やったぁ~! ありがとう、リッカ。すごく嬉しいよ!」


 トウジは今にも踊りだしそう。

 そんな彼を見て(やっぱり猫好きなのね)と、内心納得するリッカだった。

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