第31話 そういう関係ではないはずなんだけど……

 マルグレブの町外れに建つ小さな一軒家。

 お気に入りの曲げ木の椅子に腰かけて、リッカはウトウトとしていた。


 今日も朝からガーデニングに精をだし、美味しい昼食をとったばかりだ。


(まあ、力仕事のほとんどはトウジがやってくれたんだけど)


 窓から見える庭には、植えたばかりのハーブの苗がキラリ光をはじいている。そよそよと髪をゆらす風が、土と緑の香を運びリッカの眠気をさらに誘った。


 家の奥からは、カチャカチャと食器を洗う音が聞こえてくる。一緒にお昼を食べたトウジが、ご馳走になったお礼にと後片付けをしてくれているのだ。


(私の方が、ずっといろいろしてもらっているのにな)


 トウジはいつも親切だ。優しく手を差し伸べ助けてくれる。しかも押しつけがましくなくてスマートなところがさらにいい! 容姿にも優れているし、なおかつSランク冒険者で稼ぎもあるなんて、最高ではなかろうか。


(本物の紳士ってトウジみたいな人のことをいうのよね。理想的な彼氏だわ)


 まあ、リッカとトウジはではないのだが。


 なんとなくそれをちょっとに思いながら、リッカは自分の足下に視線を向けた。

 そこには、クッションの上で眠る黒猫がいる。


「ねぇ、ビィアもそう思うでしょう? トウジってみたいよね」


 その瞬間、ガチャンと大きな音がした。発生源は、トウジのいるキッチンだ。


「え! トウジ、大丈夫?」


 お皿でも割ったのかもしれない。


「あ、ああ! 大丈夫。ちょっと手がすべってお皿を落としてしまったんだ。割れてないから安心して!」


「ケガはない?」


「もちろん。びっくりさせてごめんね」


 謝る必要なんてないのに。

 ともあれ手や足を切ったわけではなさそうなので一安心だ。


(やっぱり私も手伝おうかしら)


 そう思って立ち上がったところに、ノックの音がした。



 リッカを尋ねてくる人はそう多くない。トウジと後はギルド長のソーコーくらい。それにそうそう、郵便配達のおじさんがいた。


「は~い」


 きっと手紙がきたのだと思ったリッカは、返事をしながらドアを開けた。


「よ! リッカ、来たぞ」


 しかし、目の前にいたのは熊かと思うような筋骨隆々とした大男。しかもすごく気安い態度だ。

 リッカは……無言でドアを閉めた。




「リッカ、お客さんかい?」


 そのタイミングで、キッチンからトウジが出てくる。淡いブルーのエプロン姿は、先ほどの熊とは比べものにならないくらいの爽やかさだ。


「知らない人です」


『おっ、おいっ! それはないだろう。俺だ。俺! お前のボーシュ先生だぞ!』


 リッカの声が聞こえたのだろう、外から抗議の声がしてドンドンとドアが叩かれた。



 ――――そう。ドアの外にいたのは、学生時代リッカの生活科の授業を担当していた教師のボーシュだったのだ。


「……まさか、剣聖ボーシュ?」


 トウジが驚きの声を漏らした。

 ボーシュは冒険者たちの間では『剣聖』などと呼ばれているようだが、そんなものリッカの知ったことではない。


「勝手に私をAランク冒険者にしようとした教師など、恩師ではありません」


 だからリッカは冷たくそう言った。

 とたんボーシュの声が焦りだす。


『そ、それは……俺が悪かった! 俺の力ではAランクにしか推薦できなかったんだ。本当はSランクにしたかったんだが――――』


 聞こえてきたのは、まったく見当違いの謝罪。


「違います! 誰がAランク冒険者にしてくれなんて言いましたか? 私はAランクにもSランクにもなりたくなかったんです」


『え? えぇっ!? そうなのか。ホントに? ……俺は、てっきりSランク冒険者になれないのが不満で、リッカは当てつけにCランク冒険者のままでいるんだと思ったんだが』


「そんなはずないでしょう!」


 とんでもない誤解だった。

 プンプン怒るリッカに、トウジは目を丸くしている。


『し、しかし……どうせ冒険者をやるならランクは高い方がいいはずだろう?』


 ドアの外からは、縋るような声が聞こえてきた。


「勝手に決めつけないでください。私は冒険者として成功しようなんて、これっぽっちも思っていなかったんですから! 私は、暮らしに困らないくらいのお金をちょこちょこっと稼げればそれでいいんです。それならCランクで十分でしょう」


『そんな、もったいない! あんなにを使えるのに!』


「すごい魔法なんて使えませんよ。私が使えるのはちょっと変わってはいるけれど、ただの幻影魔法です」


『お前の魔法が、ただの幻影魔法でなどあるものか!』


 だったらなんだと言うのだろう?

 そう聞き返そうとしたリッカをトウジが止めた。


「リッカ、ここは俺に任せてくれないかな?」


 なぜかそんなことを言いだす。


「え? それは……いいですけど。でも、トウジに迷惑じゃない?」


「迷惑なんかじゃないよ。俺たちはパーティーで、一応俺がリーダーだからね。それに、そうじゃなくともリッカが困っていれば助けになりたいんだ」


 トウジは柔らかに微笑んだ。

 それがあまりに綺麗な笑顔で、リッカは見惚れながらコクコクと頷いてしまう。


『おい! そこに誰かいるのか? 今の声は男だな……それに、パーティーだと。いったいいつの間に? 俺が最初にリッカとパーティーを組みたかったのに……きさま! 何者だ? リッカに手を出したらただじゃおかないぞ!』


 外からはボーシュの怒鳴り声が聞こえてくる。


「そのセリフ、そっくりそのままお返しします。リッカは俺のだ。いくら剣聖とはいえ、リッカに無理強いは許さない!」


 トウジは堂々とそう言った。その後すぐにリッカの顔を覗きこんでくる。

 真剣な光をたたえたライムグリーンの瞳が……近い。


「リッカ、少し待っていて。話合いをしてくるからね」


 言うなりエプロンをとると、素早くドアを開けスルリと外に出、パタンと閉める。



 リッカは、ちょっとボーッとしていた。


「……って……もうっ、トウジったら」


 両手で押さえた頬は、とても熱かった。

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契約解除された幻影魔法使いのその後 九重 @935

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