第27話 ◇Sランク冒険者の変化◇
「アダマンタイト製の鍬ぁっ!?」
いつもの冒険者ギルドのギルド長室で、ソーコーが大声で叫びソファーから腰を浮かせる。スキンヘッドがキラリと光るのもいつもどおりだ。
「ああ。あの色合いと光の反射具合。それにあそこまで圧倒的なオーラを放つ金属はアダマンタイトしかないだろうな。城の宝物庫でアダマンタイトの魔剣を見たことがあるが……そっくりだった」
ソーコーの前に座って話すトウジの眉間にはしわが寄っている。
アダマンタイトとは、ミスリルと同じくらい希少価値の高い伝説級の鉱物のこと。百年に一度くらいの確率でダンジョンの宝箱からアダマンタイト製の魔剣が出ることがあるのだが、その堅さと切れ味の鋭さはどんな鉱物にも勝る。このため今まで出た剣は、すべてそのダンジョンのある国の王家が所有する国宝となっていた。……というか、王家くらいでないとアダマンタイトの魔剣など買い取れないというのが裏事情だ。
「それ、リッカは気づいているのか?」
「いや。彼女はちょうどいい大きさの鍬が手に入ったとしか思っていないよ」
「……教えなくてもいいのか?」
「教えても教えなくとも彼女は変わらないだろうからね。その前に出たミスリル製の脚立だって、ダンジョンならそんなこともあるのかとあっさり受け入れていたよ」
トウジの言葉に、ソーコーは
「ねぇよ! ミスリル製の脚立とかアダマンタイト製の鍬とか、あってたまるか!!」
完全防音を誇るギルド長室でなければ、ギルドの全員が駆けつけてくるような絶叫だった。
「だが事実だ」
「……頼む、夢だと言ってくれ」
ソーコーは、ドサッとソファーに沈んだ。チラリとトウジに視線を向ける。
「それにしても……アダマンタイト製の鍬なんて見た割には、お前は案外冷静だな。自分とこの宝剣と同じレベルの鍬なんざ見せつけられたら、もっとショックを受けるかと思ったんだが?」
ソーコーの疑問に、トウジは乾いた笑みを浮かべた。
「ああ……砂漠に雨なんて降らせられたらね。……もう、アダマンタイトだろうがミスリルだろうが、インパクトに欠けるよ」
ハハハと笑う声には、哀愁が漂っている。
ソーコーも顔を引きつらせた。リッカとトウジがどうやってダンジョンの十階までクリアしたのか、彼はきっちり説明されたのだ。――――地底湖を割ったとか、魔樹から木の実を貢がれたとか、石像が勝手にドミノ倒しになったとか――――正直、聞きたくなかったとは思っているが。
「……ただの水魔法っていう可能性はないのか?」
「あり得ないよ。ダンジョン十階の砂漠全体を濡らせる水魔法なんて、どれほど魔力量が多い魔法使いだとしても不可能だ」
たとえば百メートル四方なり一キロ四方なりと範囲を区切り、そこだけの砂を濡らすことならば、水魔法でもできないことはないだろう。しかしダンジョン十階の砂漠は、いまだかつて誰も果てを見たことのないほど広大な砂漠。そのエリア全体に雨を降らすなど、どれほど強大な水魔法使いでもできるわけがない。
「いくら幻影を実体化できるといっても、幻影の雨を現実の雨にするなんて……規格外にもほどがあるだろう!」
ソーコーの言い分にまったく同感なトウジだが、起こった事実は事実だ。今さら否定することなどできやしない。
「これほど強大な力を持ちながら、どうしてリッカは今まで無名でいたんだ?」
ソーコーは心底不思議そうだった。
「……冒険者じゃなく幻影魔法使いだったからだろうな」
考えながらトウジはそう話す。
リッカは幻影を実体化できる魔法使いだ。しかし、物語を紡ぐ幻影魔法使いとしての仕事をしていくだけならば、幻影を実体化させる必要はなかったはず。
「魔法の対象者以外でも見えるとか、普通の幻影魔法使いとは違うと知られていても、ただ見えるだけならそれほどすごいことだとは思われなかったんじゃないかな?」
なにより幻影魔法は攻撃魔法ではないのだ。幻影を見せることで相手を混乱させることはできても、その対象は限定的。しかも破邪の眼鏡などの精神状態異常を防ぐアイテムが普及していることにより、幻影魔法は脅威ではなくなっていた。
「リッカ自身、自分のすごさに気づいていないからな。彼女に関わっていた人間の中には、多少気づいていた者もいたかもしれないが……ここまですごいとは思わずに様子見していたんじゃないのかな?」
まったく愚かだとしか思えない判断だが。
「失わなければ気づけないこともある。幻影魔法使いとして働いていたリッカが、どうしてマルグレブで冒険者をするようになったのか、詳しい理由は知らないが……ひょっとしたら、以前リッカと関わっていた奴らは、今頃彼女の本当の価値に気づいて大慌てしているかもしれないぞ」
そう言って笑うトウジの顔は、黒い。
その黒さに引きつつ、ソーコーはトウジへ話しかけた。
「……同じ轍を踏まないようにしないとな。リッカへの対応は最優先だ。頼んだぞトウジ」
「言われなくとも! ……それに、国のためとかギルドのためとかそんなことは全部抜きにして、俺はリッカから目を離したくない。彼女の一番側にいたいんだ」
トウジの顔は真剣すぎるほどに真剣だ。
その顔を正面から見るソーコーが、一瞬戸惑ってしまうくらいに。
「そ、そうか。……女嫌いだったお前が、えらく変わったな」
「リッカを普通の女性と一緒にしてほしくないね。彼女は、可愛いのに底知れなくて……本当に最高なんだ! たとえば――――」
それからトウジは、延々とリッカの魅力をソーコーに語る。
その様子に唖然としつつも、トウジの変化を喜ばしく思うソーコーだった。
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