第18話 スープパスタは得意なんです

 その後、リッカとトウジ、そしてビィアは順調に五階のボス部屋までクリアした。


「本当にあっという間にここまでこられたね。さすがビィアだ」


 トウジは、ビィアをべた褒め。やっぱり猫好きらしい。


 とはいえ、実はここまでくるのに前回より時間がかかっていた。リッカが、ダンジョン内のことについて、トウジからいろいろ教えてもらっていたからだ。

 たとえば、洞窟内で採れる苔の効能や鉱石の採掘方法。草原では各種薬草の見分け方や保存方法まで。トウジは親切丁寧にわかりやすく説明してくれたのだ。


「すごい! 学生時代にも少しは習っていたけれど……今トウジが教えてくれたことは、もっと実践的で便利だわ。薬草の種類も多いし……教えてもらえてよかった!」


「ダンジョンが違えば、生える薬草も採れる素材も違ってくるからね。あと、学園で学ぶのは基本的な方法だから、実際に冒険者として活動するとなれば、いろいろ工夫するのは当然のことだよ」


 リッカが素直に感謝の言葉を伝えれば、トウジは少し照れたように笑って答えてくれる。


「でも、トウジはSランク冒険者でしょう。こんな駆けだしの冒険者がするようなことまで詳しいとは思わなかったわ」


「俺だって最初からSランクではなかったからね。薬草採取だって毎日指が緑色に染まるまでやったんだよ」


 そう言いながら見せてくれた指は、先ほどの薬草採取で今も緑色。


「ホント? なんだか想像ができないわ」


「ホント、ホント。鉱石を掘りすぎて筋肉痛になったことだってあるよ」


 ツルハシを振る動作をした後で腰を痛め「イタタ」とさする真似をするトウジを見て、リッカは「アハハ」と笑う。


 今日のトウジはとても親しみやすく、なんだかうんと近く感じた。


「私も頑張らなくっちゃ!」


「ほどほどにね。君には頼りになるビィアがいるし俺も手伝うから、あんまり頑張りすぎるとダンジョンが空っぽになっちゃうよ」


「もうっ、トウジったら冗談ばっかり」


「……わりとなんだけどな」


 ポツリと呟かれたトウジの最後の言葉は、笑い続けるリッカには聞こえなかった。


 ちなみに五階のボス討伐後の宝箱から出てきたのは、ジャガイモやニンジン、タマネギなどの野菜の袋詰めだ。

 トウジは苦笑しながらすべてをリッカに譲ってくれた。


「いいの?」


「かまわない。俺は自炊していないからね。もらっても持て余すだけさ」


 トウジもまったく料理をしないわけではないそうだが、基本は外食。食料品はいらないと言われてしまった。


「だったら、今度私がなにか作ろうか? 製麺機ももらったしパスタくらいであればご馳走できるわ」


 ジャガイモやニンジンをたっぷり入れたスープパスタは、リッカの得意料理だ。きっとトウジも気に入ってくれるに違いない。


「本当かい? 嬉しいな」


 トウジはものすごく嬉しそうだった。

 イケメンの浮かべる満面の笑顔に、リッカの気分も上昇する。

 すると、足下から「ニャー」と声が聞こえてきた。もちろんそれはビィアのもの。


「……ビィア?」


 リッカを見た後フィッと視線を逸らしたビィアは、そのまま六階へと降りる階段の方へ向かった。


「あ、そうね。先を急がなくっちゃ」


 目標は十階だ。ここで立ち止まっている場合じゃなかったのだ。ビィアはふたりにそれを注意してくれたに違いない。


「さすがビィアだ。頼りになるね」


 トウジもハッとした後で、感心したようにビィアを見た。


「行こう。リッカ」


 差し伸べられた手を、リッカは自然に握り返す。


「ニャッ!」


 今度のビィアの鳴き声は、なんだか不機嫌そうに聞こえた。






 ――――そして、階段を降りた先は一面の水。静かに凪ぐ地底湖だ。岩壁や天井の発光苔に照らされて、澄んだ湖が奥へと続いている。


「……きれい」


 思わずため息をつくリッカに、トウジが「そうだね」と頷きながら説明してくれた。


「この階は、この地底湖の攻略が鍵になる。魔法で進むもいいし、水中ダイビング用の防具を揃え自力で湖を越えるもいい。冒険者ギルドから小舟を貸し出しているからそれを利用することもできるよ。一応迂回路もあるにはあるんだけど――――」


 ただし、この迂回路は本当の意味での迂回路。ひどく遠回りになるのだそうだ。うねうねと曲がりくねった坑道で、出てくる魔獣もコウモリ型で素材にできないモノばかり。時間がかかる割には実入りが少ないらしい。


 たしかに、見れば湖の周囲に聳え立つ岩壁の一カ所に人がふたり並んで歩いて行けるほどの洞窟があった。きっとあれが迂回路で、この場に二組いた冒険者の一組が顔をしかめながらそちらに向かっている。

 残り一組は繋がれていた小舟の一艘に乗りこみ漕ぎだした。あらかじめ冒険者ギルドと賃貸契約を結んでおくと利用できるのだとか。


 ちなみに二組ともリッカとトウジには目もくれない。


(まるで私たちが見えていないみたい?)


 ――――トウジのかけている認識阻害眼鏡のせいなのだが、そうとは知らないリッカだ。


「トウジはいつもどうやって進むの?」


 とりあえず、他の冒険者は気にしないことにして、リッカはトウジにたずねた。


「俺はミズグモを使うことが多いかな。一応浮遊魔法もできるからリッカにミズグモを貸してもいいけれど?」


 ミズグモとは、水の上を歩ける魔道具の靴のこと。ただし、それで歩けるようになるには、多少の訓練が必要となる。


「あ、大丈夫よ。こういう場面にピッタリのがあるから」


 リッカの言葉に、トウジは「やっぱり」と笑った。


「リッカなら問題ないと思ったんだ。……どうするのかな? 俺としては、ビィアに羽が生えて大きくなって、リッカを乗せて飛ぶんじゃないかと予想していたんだけど?」


 興味津々といったトウジに、リッカは少し呆れる。


「まさか。ビィアは猫なのよ。羽なんて生えるはずがないじゃない」


「……君に、そんな風に言われるのは少し不本意だな」


 トウジは、苦笑気味。


「ともかく、水と言えばでしょう……ヨルム!」


 リッカの声が響くと同時に、湖面に波が走った!

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