契約解除された幻影魔法使いのその後

九重

第1話 契約解除されたので旅立ちます

「――――お前のやり方じゃ商売にならないんだよ」


 リッカの前で、男は切り捨てるようにそう言った。


「で、でも! 私の幻影魔法は、評判がいいって――――」


 リッカは幻影魔法使いだ。幻影で物語を創り上げ、それを上演することを仕事にしている。既にこの道十年の経歴を持ち、そこそこ名の売れた幻影魔法使いだと、自分では思っていた。


 そんな彼女に冷たい目を向ける男は、現在リッカが契約している劇場の支配人。――――もっとも、彼がこの地位に就いたのは一ヶ月前で、父の急死によって劇場を相続した虚栄心の強い男だった。前の支配人は人格者でリッカも尊敬できる人だったのだが、長者に二代なし。前支配人は、経営手腕には優れていても、子育てはダメダメだったらしい。


「ああ、そうだな。たしかに大評判だ。遠目でいいのなら、金を払わなくても見られる幻影魔法だってな。おかげで普段幻影魔法なんて目にすることもできない貧乏人が、大喜びしている。……だがな、そんな貧乏人の評判なんて、劇場側には一文の得にもならないんだよ! 金を払わない奴は客じゃない! そんな貧乏人に見せてやるもんは、欠片もないんだ!」


 ダン! と、男は自分の拳で机を叩いた。

 リッカは、ビクッと震え上がる。

 男は、ゴミを見るような目をリッカに向けた。


「お前との契約はこれまでだ」


「そんな!」


「お前のような幻影魔法使いは、多少評判のいい物語を創れても、劇場にとっちゃ百害あって一利なしなんだよ。お前の幻影魔法を盗み見た貧乏人どもは、どうして他の幻影魔法使いもお前と同じように魔法を使わないのかと、文句を言うんだ。金も払えんくせに、噂だけは蔓延まんえんさせやがる。……お前と比較された幻影魔法使いからクレームがきているのさ。お前みたいな、直接相手の脳に幻覚を見せられない出来損ないの魔法使いと比較され非難されるのは屈辱だって、な。――――お前と一緒に働くのは御免だそうだ」


 リッカは唇を噛み、うつむいた。


 たしかにリッカの幻影魔法は、他の幻影魔法使いの魔法とは少し違っている。

 世間一般でいうところの幻影魔法とは、相手の脳内にを見せる精神魔法のことをさす。このため幻影魔法使いは、まず対象者に魔法をかける必要があった。相手の目から脳へと魔法を侵入させ一種の状態にしてから、自分の見せたい幻影を相手に見せるのだ。この場合の幻影は、魔法にかかった相手の脳内に展開される幻覚なので、当然魔法にかかった本人以外には見ることも聞くこともできない非実在のものとなる。一度に魔法にかけられる人数も二十人くらいが限度。


 対して、リッカの使う幻影魔法は、彼女自身がその場に立体的な映像を生みだす魔法だった。相手の脳や精神への干渉は一切必要ない、実際に視覚でとらえることのできる幻影だ。当然そこにいる者なら誰でも見ることが可能となる。


 このためリッカの幻影魔法は、劇場でお金を支払う観客のみでなく、その場にいるスタッフやたまたま居合わせた出入りの業者、野外劇場などであれば通りすがりの一般人でも見ることができるのだった。

 そして、それこそが今彼女が契約破棄を言い渡される原因となっている。


(私の幻影魔法も、他の人の幻影魔法も、幻影を見せるってことでは同じものなのに。……それに、商売に差し障るって言うけれど、最初にお金を払わず私の幻影魔法を見た人の多くは、次の作品ではもっとよく見たいからって、きちんとお金を払って見にきてくれるわ。前の支配人は、劇場のお客さんを増やす役に立っているって褒めてくれたのに)


 そんな未来の収入よりも、今の売り上げにしか興味がないのが、目の前の男だ。


「話は終わりだ。さっさと出ていけ。……ああ、他の劇場と契約しようと思っても無駄だぞ。うちは王都で一番権威のある劇場だからな。うちが契約を切ったお前を、うちの不興を買ってまで拾い上げようなんていう奇特な奴なんていない。どの劇場もうちには恩があるからな」


 その恩をつくったのは、前の支配人だ。自分の功績でもないものを振りかざす男は、リッカを嘲ってくる。


「くっ……失礼します!」


 ギュッと拳を握り締め、リッカは支配人室を後にした。拳を握ったのは、そうでもしないと、目の前の男を殴ってしまいそうだったから。




(腹が立つ! なによ、あんな奴!)


 最悪な気分で劇場を出ようとしたのだが、悪いことは重なるもの。その寸前で赤い派手なドレスを着た女にぶつかりそうになった。


「きゃっ! 気をつけなさいよ! ……って、あらリッカ、あんたなの」


 高飛車にリッカを怒鳴りつけたのは、同じ幻影魔法使いのダイカンだ。創る作品の傾向が似ているためリッカを目の敵にしていて、なにかと突っかかってくる面倒くさい女である。


「ふふ……いつも見窄らしい格好をしているけど、今日は一段とひどいじゃない? ひょっとして、契約を切られてしまったのかしら? まあ、出来損ないのあんたなら、当然のことでしょうけれど」


 上から目線でリッカを見て、口に手を当て笑うダイカン。リッカが契約を破棄されたのは、たった今なのに、彼女はもうそれを知っているみたいだ。

 そういえば、ダイカンは新しい支配人の恋人だという噂があった。……まあ、支配人には妻子がいるそうなので、恋人というよりは愛人というべきなのだろうが。


「……ひょっとして、あなたがの?」


「まあ、いやだ。被害妄想も甚だしいわね。契約を切られたのは、あんたがまともな幻影魔法を使えないせいでしょう? 人のせいにしないでほしいわ」


 やっぱり契約破棄を知っている。彼女が裏から手を回したのは間違いないだろう。

 こんな手段でリッカを排除しようとするダイカンもダイカンだが、それに手を貸す支配人も支配人だ。

 リッカは、なんだかなにもかもが嫌になってきた。

 スッとダイカンから視線を逸らすと、そのまま足早に歩きはじめる。


「あら? なによ。挨拶もしないで帰るの? まあ、もうここにはあなたの居場所はないものね。負け犬は負け犬らしく尻尾を巻いて逃げるといいわ」


 上機嫌に高笑いするダイカンの声が背後から追い打ちをかけてくる。


 こうしてリッカは、十年働いた劇場を去ったのだった。


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