第8話 影の代償
暗闇が全てを飲み込んだ瞬間、勇人と遼子は何も見えなくなった。手探りで周囲を確認しようとするも、自分たちの手すらも見えない。耳に響くのは、心臓の鼓動と彼らの荒い息遣いだけだ。
「遼子、大丈夫か?」
勇人が不安げに声を上げる。だが、返ってくるのは空虚な静寂。
「遼子!? どこだ!」
勇人はパニックに陥りかけた。暗闇の中で一瞬、彼は孤独に取り残されたかのような感覚を味わった。しかし、その時、ふと遠くからかすかな光が見えた。
「……あれは?」
勇人はその光を頼りに、ゆっくりと歩き出した。光はまるで彼を誘うようにゆらめいていた。だが、その光に向かうたび、周囲の暗闇がさらに濃く、重くなっていくように感じられた。
「遼子……直也……どこだ……」
勇人は心の中で二人の名前を繰り返しながら、光に向かって進んでいった。まるで何かが彼を試しているかのように、歩くたびに背中に冷たい何かが触れる感覚があった。
そして、ついに光のもとへたどり着いた。
光のもとにあったのは、古びた鏡だった。鏡は不気味なほど清潔で、まるで長い間誰にも触れられていないかのように輝いていた。
「何だ、これ……」
勇人はその鏡をじっと見つめた。鏡の中には、自分自身の姿が映っているはずだったが、そこに映っていたのは全く別の光景だった。
「これは……直也?」
鏡の中に映っていたのは、倒れている直也の姿だった。彼は薄暗い部屋の中で無造作に横たわっており、どこか苦しんでいるように見えた。
「直也! 今助けに行く!」
勇人はその鏡に手を伸ばしたが、鏡面に触れると、突然激しい頭痛が彼を襲った。
「うっ……!」
頭の中に、無数の声が響き渡る。何かが彼に囁きかけ、彼を引き戻そうとしているかのようだった。その声は怒り、嘆き、そして絶望に満ちていた。
「これが……影の代償なのか……」
勇人は膝をつき、必死に頭を抱え込んだ。鏡に映る直也の姿は次第にぼやけていき、代わりに不気味な影のような存在が彼の周囲を取り囲んでいた。
「影の世界に踏み込む者には、代償が必要だ……」
頭の中で囁かれる声が、はっきりとそう告げた。勇人はその声の意味がわからなかったが、影の世界がただの幻想や幻覚ではなく、実際に彼の心と体に影響を及ぼすものであることを確信した。
勇人がその場で苦しんでいる一方、遼子は全く別の場所にいた。彼女は暗闇の中で目を覚まし、周囲を見渡した。そこはまるで夢の中にいるような場所だったが、現実感があった。
「ここは……どこ?」
遼子は混乱しながらも立ち上がり、周囲を確認した。その場所は見覚えのない部屋だった。古びた木の家具が乱雑に置かれており、窓からは薄暗い光が差し込んでいた。
「勇人……直也……」
遼子は二人の名前を呼びながら、部屋を探索し始めた。だが、その時、彼女は背後から何かの視線を感じた。振り返ると、そこには直也の姿があった。
「直也……! 無事だったのね!」
遼子は歓喜の声を上げ、直也に駆け寄ろうとしたが、その足が止まった。直也の目は冷たく、どこか遠くを見つめているようだった。そして、彼の口元には冷たい笑みが浮かんでいた。
「遼子……もう遅いんだ」
その言葉に、遼子は立ちすくんだ。彼女の直感が、目の前にいる直也が本物ではないことを告げていた。
「あなたは……直也じゃない……!」
遼子は直也に向かって叫んだ。だが、直也はその冷たい笑みを崩さずに、ゆっくりと彼女に歩み寄ってきた。
「もう、全てが終わるんだ。お前たちは影に囚われるしかない……」
直也の姿が徐々に崩れていき、代わりに黒い影が彼女の前に立ちはだかった。
「逃げられない……」
影の声が遼子の心に直接響き渡り、彼女はその場に崩れ落ちた。
一方で、勇人はまだ苦しみの中にいた。頭の中の声が次第に弱まる中、彼は必死に立ち上がろうとした。
「俺は……負けない……直也を……救い出すんだ……!」
勇人は痛みをこらえながら、再び鏡を見つめた。鏡の中には今も倒れている直也の姿が映し出されていたが、彼はもう一度その手を伸ばした。
すると、今度は鏡の中の直也がうっすらと動き出した。彼の瞳が勇人を見つめ、微かに助けを求めるような表情を浮かべている。
「待ってろ、直也……必ずお前を助ける!」
勇人は決意を新たにし、鏡に向かって力強く拳を振り下ろした。その瞬間、鏡が砕け散り、周囲の暗闇が一気に明るくなった。
「勇人!」
遼子の声が遠くから響き渡る。勇人はその声を聞いて振り返ると、遼子が無事に立っているのを見つけた。彼女も影の中から逃れ、勇人の元へと駆け寄ってきた。
「遼子……無事だったんだな」
勇人は遼子の手を握りしめた。二人は再び手を取り合い、影の世界から抜け出すために新たな決意を固めた。
「直也を……必ず取り戻そう」
二人は暗闇の中で再び前を見据え、真実に向かって進んでいく。
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