第2話 不在の席

 4月の柔らかな陽射しが、教室の窓から差し込んでいた。高校生活2日目。柊 勇人(ひいらぎ はやと)は少し眠そうに教室へと足を踏み入れた。昨晩の夢が気になって、あまり熟睡できなかった。だが、今日は普通の授業が始まる日だ。気持ちを切り替えていこう、と勇人は自分に言い聞かせた。




 教室に着くと、すでにクラスメイトたちはそれぞれの席についており、友達同士で談笑していた。だが、勇人はすぐに違和感に気づいた。




「直也は……まだ来てないのか?」




 いつもなら一番乗りで教室に現れるはずの親友、三井 直也(みつい なおや)の姿が見えない。彼の席はぽつんと空いている。




「まあ、珍しいこともあるか」




 勇人はそう自分に言い聞かせ、教科書を机に広げた。しかし、心の片隅に少しだけ不安がよぎる。




「おはよう、勇人くん」




 突然、背後から声がかかった。振り向くと、そこには高槻 遼子(たかつき りょうこ)が立っていた。彼女は昨日と同じように冷静な表情で、勇人に微笑みかけた。




「おはよう、遼子。今日も早いんだな」




「まあね。……ところで、三井くんは?」




「うん、まだ来てないんだよ。珍しいけど……多分、寝坊でもしたんじゃないかな」




 勇人はあえて明るい調子で答えたが、遼子は少し考え込むような表情を浮かべた。




「そう……」




 彼女の反応に勇人は少し引っかかるものを感じたが、そのまま会話は終わった。遼子は自分の席に向かい、静かに座り込む。






 一時間目の授業が始まっても、直也は姿を見せなかった。担任の田中先生も、出席を取りながら不審そうな顔をしている。




「三井、どうしたんだ? 誰か連絡を受けているか?」




 教室内は静まり返ったが、誰も返事をしない。直也の携帯に何度か電話をかけてみるが、応答はない。




「ただの体調不良かもしれないが、一応、昼休みに確認してみよう」




 田中先生はそれ以上深入りせず、授業を続けた。しかし、勇人の胸には次第に不安が募っていく。




 直也が学校を休むなんて、今まで一度もなかった。勇人の中で、昨日の影の教室の話が再び浮かんできたが、それはありえない、と無理に考えないようにした。






 昼休みになり、勇人は我慢できずに携帯を片手に教室を飛び出した。直也の家に電話をかけるが、やはり応答はない。何かあったのかもしれない——その不安が彼の足を速める。




 廊下を歩いていると、突然、遼子が現れた。




「勇人くん、どこに行くの?」




「直也の家に行こうと思ってる。何かあったかもしれないし」




 遼子はしばらく考え込んでから、うなずいた。




「私も行くわ」




「え? いや、別にいいよ。心配しすぎかもしれないし」




「でも、何か気になるの」




 遼子の目は真剣そのもので、勇人は反論することができなかった。結局、二人で直也の家へ向かうことにした。






 直也の家に着いた時、玄関のドアは閉ざされていた。何度か呼び鈴を押すが、応答がない。勇人はドアをノックしようとしたが、その時、ドアがわずかに開いていることに気づいた。




「おい、直也?」




 勇人が中に声をかけるが、返事はない。不安が一気に押し寄せ、勇人は勇気を出してドアを開けた。中に入ると、家の中は静まり返っていた。まるで、誰もいないような冷たい空気が漂っている。




「おかしいな……」




 二人は靴を脱ぎ、中へと進んでいく。リビングに入ると、そこには直也の両親の姿もなく、まるで家全体が空っぽになったかのようだった。




「直也……いないな……」




 勇人が焦り始めたその時、遼子がリビングの一角にある机の上に何かを見つけた。




「これ……」




 彼女が指差す先には、直也の携帯が無造作に置かれていた。そして、その携帯の画面には、未送信のメッセージが表示されていた。




「……『影の教室』?」




 勇人が声に出して読む。そこには、まさに「影の教室」という単語が書かれていた。未送信のまま放置されたメッセージに、二人は言葉を失った。




「どうして……」




 遼子は震える声で言った。




「どうして直也が影の教室のことを知っていたの?」




 勇人も動揺を隠せなかった。影の教室の噂を知っていたのは彼と遼子、そしてごく少数の生徒たちだけだと思っていた。なぜ直也がその言葉をメッセージに残していたのか、まったく見当がつかない。




「まさか……本当に?」




 勇人の心の中で、影の教室に対する不安が一気に膨れ上がる。直也が単に体調不良で学校を休んでいるという可能性は、もはや彼の中から消え去っていた。






 直也の家から出た二人は、重い沈黙の中で歩いていた。勇人の頭の中は、未送信のメッセージの意味について考えることでいっぱいだった。しかし、どんなに考えても答えは出ない。




 突然、勇人の携帯が震えた。見ると、直也からのメッセージが届いていた。




「勇人……直也からだ!」




 勇人は急いでメッセージを開く。しかし、そこに書かれていたのは、たった一言だった。




「来るな。」




 その瞬間、勇人の背筋に冷たいものが走った。直也が何を意味しているのか、理解するのに時間はかからなかった。彼は確実に何かに巻き込まれている。




「行かないわけにはいかないだろ……」




 勇人は決意を固めた。遼子も無言でうなずく。二人は再び学校へと向かい、影の教室の謎を解明するための調査を始めることを決めた。




 直也を救うために——。

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