第7話 影の囁き②

 暗い廊下を進み続ける勇人と遼子。二人は何かに追い詰められるような感覚を覚えながらも、直也を救い出すために進み続けた。だが、彼らの歩みが進むにつれて、廊下の空気はますます冷たく、重くなっていった。




「ここ、本当に進んで大丈夫なのか……」




 遼子の不安な声が静寂を破る。勇人も心の中では同じ疑問を抱いていたが、直也を見つけるために進むしかないという思いが彼を突き動かしていた。




「俺たちには、もう後戻りする道はない。直也を見つけなければ、すべてが無意味になるんだ」




 勇人は自分自身に言い聞かせるようにそう言い、遼子の手を握り締めた。遼子もその手の温もりに応えるように力を込め、二人は再び歩みを進めた。




 だが、その時、遠くから奇妙な音が響いてきた。それは低く唸るような音で、まるで何かが彼らを監視しているかのようだった。




「今の音……何?」




 遼子が耳を澄ますと、勇人も同様に音の出所を探ろうとした。だが、その音はすぐに消え、再び静寂が廊下を包んだ。




「気をつけろ。何かがここにいるかもしれない」




 勇人は警戒しながらも前に進むことを決意した。だが、心の奥底では、何か得体の知れない恐怖が彼らに迫っていることを感じていた。






 進むにつれて、廊下の空気がさらに不穏なものに変わっていった。壁には影がまるで生き物のようにうごめき、床も奇妙にねじれた模様が浮かび上がっていた。




「ここ、本当に現実の世界なのか?」




 遼子が不安そうに呟くが、勇人も答えを持っていなかった。ただ一つわかるのは、彼らが今いる場所が「影の世界」と呼ばれる異質な場所であるということだ。




「影の世界……直也は本当にここにいるのか?」




 勇人は心の中でそう問いかけながらも、再び奥へと進んでいった。




 やがて、二人は広間のような空間にたどり着いた。そこは異様な静けさに包まれており、周囲を囲む壁には不気味な模様が描かれていた。勇人と遼子がその広間の中心に立つと、突然周囲の空気が一変した。




「何かが来る……!」




 勇人が直感的に感じたその瞬間、広間の隅から霧のような影が湧き上がり、形を成していった。それは人の形をしていたが、顔はぼんやりとした輪郭しか見えず、まるで実体を持たない幻のようだった。




「これが……直也なのか?」




 勇人はその影に向かって呼びかけたが、影は何も答えなかった。ただ静かに立ち尽くしているだけだった。




「勇人、これは……危険かもしれない」




 遼子がそう言いかけた瞬間、影がゆっくりと動き出した。まるで彼らを導くかのように広間の奥へと進んでいく。




「追いかけよう。あれが何者かはわからないけど、俺たちを直也に導いてくれるかもしれない」




 勇人はそう言い、遼子と共に影を追いかけ始めた。影は一定の速度で広間の奥へと進み続け、二人はそれに従うように走った。






 影を追いかけた先に現れたのは、分かれ道だった。右に続く道と、左に続く道。影は二つに分かれ、左右それぞれの道へと消えていった。




「どうする……?」




 遼子が困惑した表情で尋ねる。二つに分かれた道、どちらが正しいのか、勇人には判断がつかなかった。だが、二人で別々の道を進むのは危険だと直感的に感じた。




「二手に分かれるのはリスクが大きい。ここは一緒に行動しよう。左に行くぞ」




 勇人は左の道を選び、遼子もそれに続いた。二人は慎重に進みながら、影の消えた先を目指した。




 しかし、道が進むにつれて空気がますます冷たくなり、何かが彼らを監視しているような不安感が増していった。まるでこの道自体が生きているかのように、二人にプレッシャーをかけてくる。




「早くここを抜け出さなければ……」




 勇人が焦りを感じ始めたその時、道の先に小さな光が見えた。それはまるで彼らを誘うかのように揺らめいていた。




「何か……ある」




 遼子が指差す先には、扉が見えた。その扉は朽ち果てた木でできており、まるで長い間誰にも開けられなかったかのようだった。




「行くぞ、遼子」




 勇人は覚悟を決め、その扉を開けるために手をかけた。だが、その瞬間、背後から誰かの声が聞こえた。




「待て……」




 二人は驚いて振り向いたが、そこには誰もいなかった。ただその声は、確かに直也の声のように聞こえた。




「直也か……?」




 勇人が声をかけるが、応答はなかった。彼らは再び前を向き、扉をゆっくりと開けた。






 扉の先に広がっていたのは、見知らぬ空間だった。薄暗い光に照らされた部屋の中央には、倒れた机や椅子が散乱しており、壁には奇妙な絵が描かれていた。まるで誰かがこの場所で長い間何かを待ち続けていたかのようだった。




「ここは……一体何なんだ?」




 勇人は不安な表情で部屋を見回した。遼子も同様に戸惑っていたが、その時、部屋の奥から何かが動く音がした。




 二人はその音に引き寄せられるように、ゆっくりと奥へと進んでいった。すると、そこには暗闇の中に浮かび上がる人影があった。




「直也……?」




 勇人はその影に向かって呼びかけた。影はしばらく動かなかったが、やがてゆっくりと振り向いた。そこに立っていたのは、確かに直也だった——だが、その目はどこか虚ろで、まるで彼が別の存在に取り憑かれているかのようだった。




「直也……お前、無事なのか?」




 勇人が一歩踏み出すと、直也はふいに笑みを浮かべた。その笑顔は冷たく、まるで勇人を嘲笑っているかのようだった。




「もう遅いんだ、勇人……」




 直也の口から発せられた言葉に、勇人と遼子は驚愕した。彼の言葉の意味はわからなかったが、それが絶望を告げるものであることは明らかだった。




「遅い……? どういう意味だ、直也!」




 勇人が叫ぶと、直也はゆっくりと彼らに背を向け、再び闇の中に消えていった。




「待て! 直也!」




 勇人は直也を追いかけようとしたが、その瞬間、部屋の中が突然暗闇に包まれた。まるで影そのものが彼らを飲み込もうとしているかのようだった。




「逃げるぞ、遼子!」




 勇人は遼子の手を引いて部屋から抜け出そうとしたが、その暗闇は二人を包み込み、全てを覆い尽くした。

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