第6話 影の囁き①
勇人と遼子が学校に戻った翌日、何事もなかったかのように日常が過ぎていくかに思えた。しかし、二人だけが知っていた。表の世界がある一方で、そこにはもう一つの「影の世界」が存在していることを。
授業中、勇人はふと窓の外を見つめていた。普段なら何も感じないはずの校庭の風景が、今はどこか違って見える。あの地下の影の教室に足を踏み入れた後、世界そのものが何か異質なものに変わってしまったかのようだ。
「影の世界……一体何なんだ」
頭の片隅には常にその言葉が渦巻いていた。何度考えても、直也を取り戻すためにはその影の世界に対する理解が必要だという結論に行き着く。しかし、管理者の男が言っていたように、その世界には危険が潜んでいる。
遼子も同じような気持ちを抱いているのだろう。彼女は勇人に視線を送っていたが、何も言わなかった。ただ、二人の間に流れる無言の共感が、言葉以上の意味を持っていた。
放課後、勇人と遼子は再び校舎の奥へと向かった。今回も影の教室へ足を運ぶ覚悟ができていた。しかし、その途中、二人は突然不思議な感覚に襲われた。
「何か……聞こえない?」
遼子が耳を澄ませている。勇人も集中して周囲の音を聞くと、かすかな囁き声のようなものが聞こえてくる。
「この声……どこから?」
まるで、彼らに何かを伝えようとしているかのようなその声は、どこからともなく湧き上がってきていた。その声は言葉ではなく、感覚的なものだったが、なぜか心に直接訴えかけてくる。
「直也かもしれない」
勇人は即座にそう思った。直也が影の世界から何かを伝えようとしている——その可能性が頭に浮かんだ。
「行こう、遼子」
二人はその声を追うように、再び地下へと降りていった。
再び影の教室へと足を踏み入れた勇人と遼子。今回の教室は以前とは少し異なっていた。壁や床がわずかに歪んで見え、空気が重苦しい。周囲の影がいつもより濃く、まるで彼らを包み込むかのように動いていた。
「やっぱり、ここは普通の場所じゃない……」
遼子が震える声で言った。勇人も同じ不安を感じていたが、それでも前に進んだ。
「直也、ここにいるのか?」
勇人がそう呼びかけると、教室の奥からまたあの囁き声が聞こえてきた。それははっきりした言葉ではなかったが、二人の心に直接響くような感覚があった。
「待って……何かある」
遼子が教室の隅を指さす。そこには一枚の古びた紙が落ちていた。勇人がそれを拾い上げると、そこには見覚えのある名前が書かれていた。
「三井直也……?」
その名前の下には、何か古い文字で書かれた暗号のようなものが記されていた。意味はまったくわからなかったが、それが重要な手がかりであることは明白だった。
「これ、どういうことだ?」
勇人が戸惑いながらその紙を見つめていると、突然教室の扉が音もなく閉まった。二人は驚いて振り向いたが、そこには誰もいない。
「まさか……閉じ込められた?」
遼子の顔に焦りが浮かぶ。しかし、勇人は冷静さを保とうと努めた。
「落ち着け……まだ何かあるはずだ」
教室の中を見回すと、壁に一つだけ不自然な模様が刻まれていることに気づいた。それはまるで影の中に隠された扉のように見えた。
「ここだ……」
勇人がその模様に手を触れると、まるで吸い込まれるように壁が動き出した。隠された扉が開き、そこには暗い廊下が続いていた。
「どうする?」
遼子が不安そうに尋ねるが、勇人は決意を新たにした表情で答えた。
「進むしかない。直也を見つけるために」
二人は扉の先へと進み出た。廊下は先が見えないほど暗く、まるでその先に何か不気味なものが潜んでいるかのようだった。
「怖いな……」
遼子の呟きが、廊下の静寂の中に溶け込む。勇人も心の中では恐怖を感じていたが、それでも進まなければならないという気持ちが勝っていた。
「この先に、直也がいるはずだ」
勇人は自分に言い聞かせるように前を見据えた。暗い廊下の先から、またあの囁き声が微かに聞こえてくる。
その時、廊下の奥にぼんやりと人影が浮かび上がった。勇人と遼子は目を凝らしたが、その影はすぐに消えてしまった。
「今のは……?」
勇人が声を上げるが、遼子も答えられなかった。だが、彼らは直感的に感じていた——あれは直也の影だったのではないかと。
「急ごう、もうすぐだ」
二人は歩みを速めた。しかし、その影が現れた瞬間から、廊下は一層不気味な気配を漂わせていた。
「何かがおかしい……」
勇人は不安を感じながらも、廊下の奥へと進んでいく。果たして、彼らの前に待ち受けているものは何なのか——その答えはまだ誰にもわからなかった。
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