第5話 錯綜する現実
勇人は、何かに引きずり込まれるような感覚で目を覚ました。夢の中で、自分は再びあの「影の教室」に立っていた。周囲は闇に包まれ、ただ一つ、奥から微かな足音が聞こえてくる。勇人は足音に引き寄せられるように、暗闇の中を進んでいった。
そしてその先で、ぼんやりと人影が見えた。近づいてみると、それは直也だった。彼は何かを囁きながら、こちらに背を向けていた。
「直也! お前、どこにいるんだよ!」
勇人が声をかけても、直也は振り向かない。ただ同じ言葉を繰り返しているようだ。勇人がさらに近づこうとした瞬間、直也の体が霧のように薄れていき、消えてしまった。
「直也……待ってくれ……!」
必死に手を伸ばす勇人の前に現れたのは、真っ白な光に包まれた扉だった。その扉は、ゆっくりと開かれようとしている……。
その瞬間、勇人は目を覚ました。体中が汗でびっしょりと濡れている。
「何だったんだ、今の夢は……」
胸の鼓動が激しく、夢と現実が交錯するような感覚が彼を混乱させていた。だが、直也があの場所に囚われているという確信が、彼の心に強く残っていた。
翌朝、勇人は学校に向かう途中で遼子と合流した。遼子も何か考え込んでいる様子で、無言のまま学校に向かって歩いていた。
「昨夜、変な夢を見たんだ」
勇人が話を切り出すと、遼子は驚いたように顔を上げた。
「もしかして……あの影の教室の夢?」
「そうなんだ。直也がそこにいた。でも、声をかけても振り向かなくて……最終的に消えてしまったんだ」
遼子は少しの間黙っていたが、やがて重々しい口調で話し始めた。
「私も、同じような夢を見たの。影の教室に直也がいたけど、彼はまるで別の世界にいるみたいに、私たちを見ていなかった……」
二人の間に重苦しい沈黙が流れた。同じ夢を見たということが、偶然だとは思えなかった。
「これはただの夢じゃない。何かが私たちに訴えかけている」
そう確信した二人は、今日もまた直也の手がかりを追い求めることを決意した。
しかし、学校に着くと、思いもよらない事態が待ち受けていた。
「三井直也って、誰のことだ?」
クラスメイトの一人が、突拍子もないことを口にしたのだ。勇人と遼子は驚き、すぐにそのクラスメイトに詰め寄った。
「何言ってるんだよ、直也だよ。俺たちの友達だろ?」
だが、そのクラスメイトは困惑した表情で首を振った。
「いや、そんな名前の人、クラスにいたか?」
その言葉に勇人は呆然とした。他のクラスメイトに尋ねても、みんな同じように直也の存在を知らないと言う。まるで彼が初めからこのクラスに存在していなかったかのように。
「どうなってるんだ……?」
遼子も驚いていたが、すぐに落ち着きを取り戻し、勇人に囁いた。
「やっぱり、何かが記憶を操作している。私たちの記憶だけが正しくて、みんなの記憶が歪められている……」
「じゃあ、俺たちだけが直也のことを覚えているっていうのか?」
「その可能性が高いわ。つまり、私たちが正しい記憶を持っているということよ」
勇人は混乱しながらも、直也の存在が意図的に消されようとしていることを実感した。何かが彼らの周りで確実に動いている——それも、誰かが操っているかのように。
その日の放課後、勇人と遼子は再び校舎の奥へと足を運んだ。直也の存在を覚えているのは自分たちだけで、あの地下空間にしか手がかりはない——そう確信していたからだ。
だが、昨日はしっかりと閉ざされていた扉が、今日は少しだけ開いていた。勇人が慎重に扉を押し開けると、冷たい風が吹き込んできた。
「また、入るのか……」
遼子が不安そうに呟いたが、勇人は意を決してうなずいた。
「直也を見つけるためだ。もう後戻りはできない」
二人は再び、暗く不気味な地下の廊下を進んでいった。壁にかすかに映る影は、まるで彼らを導くかのように揺れていた。
しかし、昨夜とは違う不気味さが漂っていた。地下は以前にも増して冷たく、湿った空気が肌にまとわりつく。廊下の奥からは、低く響く音が聞こえてくる。
「これは……誰かいるのか?」
勇人が呟いた瞬間、背後から誰かの足音が聞こえた。二人が振り向くと、そこには管理者の男が立っていた。
「また来たのか……君たちは本当に馬鹿なことをしている」
男の冷たい声に、勇人は身を固めた。
「直也がここにいるはずだ。俺たちは彼を探しているだけだ!」
勇人が声を張り上げると、男は冷笑した。
「直也? ああ、彼か……残念だが、彼はもう戻れない」
その言葉に勇人は激しく動揺した。遼子も同様に驚いていたが、男の表情からは何も読み取れなかった。
「どういう意味だ! 直也はどこにいるんだ!」
勇人が食い下がるが、男はただ冷静に続けた。
「彼は……影に囚われている。もう元の世界には戻れない。君たちも、このまま深入りすると同じ運命を辿るだろう」
その言葉に勇人は恐怖を覚えたが、それでも後には引けなかった。
「何が起きているんだ! 説明してくれ!」
男は一瞬の沈黙の後、静かに答えた。
「この学校には、もう一つの世界が存在する。それは『影』の世界だ。君たちが足を踏み入れた場所だよ」
「影の世界……?」
遼子が問いかけるが、男はそれ以上の説明をすることなく、再び暗闇の中に姿を消してしまった。
管理者の男が去った後、勇人と遼子はしばらくその場に立ち尽くしていた。「影の世界」という言葉が頭の中で何度も反響していた。
「影の世界……それが直也を閉じ込めているということなのか?」
勇人はまだその意味を完全には理解できなかったが、少なくとも影の教室と直也の失踪には深い関係があることを確信した。
「私たちも、その世界に引き込まれているかもしれない……」
遼子の声が静かに響いた。彼女の言葉には、恐怖と覚悟が入り混じっていた。
「どうすればいいんだ……?」
勇人は困惑し、手がかりを見つけられないまま、再び地下から退却することを余儀なくされた。だが、彼の心には一つの強い決意が芽生えていた。
「どんな手段を使ってでも、直也を取り戻すんだ」
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