第4話 消えた記憶

 翌朝、勇人は疲労感に包まれながら目を覚ました。昨夜の出来事は夢ではなかった。それは紛れもなく現実で、彼と遼子は確かに「影の教室」の地下に迷い込んだのだ。




「直也……どうしてあんな場所に……」




 思い返すたびに、勇人の胸は不安でいっぱいになった。彼はスマホを手に取り、再び直也にメッセージを送ろうとしたが、手が止まる。「近づくな」という直也の言葉が、彼をためらわせたのだ。




「でも……」




 直也をこのまま放っておくわけにはいかない。勇人は深く息をついて、学校へ向かう準備を始めた。




 学校へ向かう道中、勇人は昨夜の出来事を頭の中で整理しようとしたが、なぜか断片的にしか思い出せない部分があった。まるで、意図的にその記憶が薄れているかのような感覚がする。




「そんなはずはない……俺たちは確かにあそこにいた……」




 自分に言い聞かせながら、勇人は学校の正門をくぐった。






 教室に入ると、周囲の様子がいつもと少し違っていることに気づいた。クラスメイトたちは妙に静かで、みんなお互いに視線を避けるような雰囲気だ。何か異変が起きている——それを感じ取るのに時間はかからなかった。




「おはよう、勇人くん」




 遼子が静かに声をかけてきた。彼女も疲れた顔をしており、昨夜のことが強く彼女の中に残っているのが見て取れた。




「遼子……何か、変だと思わないか? クラスの雰囲気が……」




 勇人がそう問いかけると、遼子も小さくうなずいた。




「みんな、妙に落ち着かないみたい……何かを恐れているような感じがする」




「何か……って?」




「わからない。でも、何かが変わったのは確かよ」




 二人は互いに顔を見合わせ、何かが起きていることを確信した。しかし、その「何か」が何なのかはまだわからない。教室に広がる不気味な沈黙が、二人の焦燥感を増していく。




 そんな中、担任の田中先生が教室に入ってきた。彼の表情も普段とは違い、どこか険しいものがあった。




「みんな、聞いてほしい」




 田中先生の声が重苦しい雰囲気をさらに強めた。クラスメイトたちは一斉に彼に視線を向けるが、その表情はどれも不安に満ちている。




「三井直也が……今朝、行方不明だと連絡があった」




 教室内に静寂が広がる。勇人は心臓が止まりそうになるのを感じた。




「警察にも届けが出されているが、まだ何の手がかりもない。みんなも何か情報があれば教えてほしい」




 田中先生の言葉に、クラスメイトたちはざわめき始めた。直也が行方不明になったことを知らなかった勇人は、頭の中が真っ白になった。




「直也が……行方不明……?」




 勇人は信じられない思いで、遼子に目を向けた。遼子も驚いた表情をしていたが、すぐに冷静さを取り戻したように見えた。




「直也が行方不明になったのは、私たちが昨夜、地下で見たものと関係があるのかもしれない……」




 遼子の言葉に、勇人もようやく事態の深刻さを認識した。影の教室、地下空間、そして直也の失踪——これらすべてが繋がっているとしか思えなかった。






 昼休み、勇人と遼子は静かな廊下に出て、直也の失踪について話し合った。二人とも昨夜の出来事を正確に思い出せないまま、断片的な記憶を頼りに推測を続けていた。




「直也が行方不明になったのは、あの地下に関係しているのは間違いないと思う。でも、どうやって彼がそこに入ったのか、何が彼を捕まえたのか……」




 勇人は苛立ちを隠せずに言った。彼は直也を救いたいという思いに駆られながらも、どうすればいいのか全くわからなかった。




「もしかしたら……私たちは何か重要なことを忘れているのかもしれない」




 遼子は冷静に言葉を続けた。彼女は腕を組み、深く考え込んでいる。




「忘れている……?」




「そう。昨夜、地下で何が起きたのか……私たちは完全には覚えていない。でも、もし誰かが意図的に私たちの記憶を操作しているとしたら?」




 その言葉に、勇人は驚きを隠せなかった。




「記憶を……操作する?」




「根拠はないけど、何かが私たちの記憶を曖昧にしているとしか思えないの。もしかしたら、地下での体験の一部を誰かが消そうとしているのかも」




 遼子の推測は荒唐無稽にも思えたが、勇人はそれを完全には否定できなかった。何かが自分たちの中で失われている——その感覚は確かにあった。




「もしそうなら……どうやって取り戻すんだ? 記憶を消されたとしても、それを思い出す方法なんて……」




 勇人は頭を抱えた。だが、その時、遼子は何かに気づいたように顔を上げた。




「直也のメッセージ……彼は『来るな』って言ってたわよね。でも、もしかしたら、それは私たちに対する警告ではなく、自分自身に対するメッセージだったのかも」




「自分に対する?」




「そう。直也は何かに気づいて、自分が危険な状況にいることを知った。でも、何もできずにいて、私たちに助けを求めることすらできなかった……」




 その言葉に勇人はハッとした。直也がメッセージを残した意味は、単なる警告以上の何かを伝えようとしていたのかもしれない。彼は、どこかで助けを待っている——勇人はそう信じた。






 放課後、勇人と遼子は再び影の教室に向かうことを決意した。直也の行方を突き止めるためには、再びあの地下空間に戻るしかないと感じていた。




「今度こそ……必ず手がかりを見つける」




 勇人は強く拳を握りしめた。遼子もうなずき、二人は校舎の奥へと足を進めた。




 しかし、昨日とは違い、地下への扉はしっかりと閉ざされていた。ノブを何度回しても開く気配はなく、まるで封印されたかのように頑丈だった。




「誰かがこれを閉じたのか?」




 勇人が苛立ちを隠せないまま扉を叩くと、突然、背後から声がした。




「君たち、何をしているんだ?」




 二人が振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。彼は学校の教員とは違う雰囲気を漂わせ、鋭い目つきで二人を見つめていた。




「僕は、学校の管理者の一人だ。ここには立ち入らない方がいい」




 その男の声には、何か隠された意図があるように感じられた。勇人と遼子は言葉を失い、ただその場に立ち尽くしていた。




「君たちが何を探しているかは知らないが、ここでやめておいた方がいい。これ以上深入りすると、後戻りできなくなるぞ」




 男はそう言い残して、その場を去った。勇人と遼子は互いに顔を見合わせ、何も言えなかった。




「一体、誰なんだ……あの人」




 勇人は呟いたが、遼子も答えられなかった。ただ一つわかっているのは、何かが彼らをこの場所から遠ざけようとしているということだ。






 その夜、勇人はベッドに横たわりながら、これまでの出来事を頭の中で繰り返していた。直也の失踪、影の教室、そして不気味な管理者の男。すべてが謎に包まれている。




「俺たちは、直也を見つけ出すためにどこまで行くべきなのか……」




 考えがまとまらないまま、勇人は眠りに落ちていった。しかし、彼の胸の中には一つだけ明確な決意があった。




「直也を見つけるまで、俺は諦めない」




 たとえ何が待ち受けていようと、勇人は友を救い出すために最後まで戦う覚悟を固めていた。

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