欠片を再びこの胸に 3

「寝ていろ」

「怒らないんだ、僕がシルヴィアを連れ出したみたいなものなのに」


 目を覚ますと今度は医務室ではなくギルド長室にいた。

 ソファーに寝かさており、そのまま首を横に動かすと書類に目を通しているグレゴールの姿が見える。

 そしてグレゴールは僕が目を覚ましたのに気づくと、書類を机の上に置き、僕が寝ているソファの対面に腰を下ろす。


「元々拐われる事は想定内だ、それにだ……」

「発信機を付けていると、その割には優れない顔だ」


 驚いたようなグレゴールの顔。

 それに「ふふ」と笑みを被せながら、寝転がった姿勢を正す。


「……正常に動いているとは言い切れない」

「どうせギルドに裏切り者がいるんでしょ」

「だろうな、だがお前には関係ない。わかってるだろ戦闘をすれば腹の傷が開いて死ぬぞ」

 

 ソファーから体を起こし立ち上がると衣服掛けにかかっている上着を手に取り、グレゴールに背を向けながら裾を通す。


「知ってる。でも僕がどんな人間かわかってるだろ、止めても無駄だ」

「そうか……だがお前を作戦に参加させるわけには行かない」


 今までの僕の生態として、強く物を叩き鋭い目つきで怒鳴れば、体を跳ね上げらせ引き下がる。


 自信がない故の消極的な行動。

 だが、もう覚悟は決まっている。

 

「それもわかってる。だからさ通信機をちょうだいよ。どうせ僕の方が見つけるのは早い」

 

 足は動かさず、背後にいるグレゴールを睨みつける。

 互いに視線がぶつかるが、今回はグレゴールが折れた。

 溜息を吐いた後、彼は右ポケットから通信器を取り出し、こちらに投げる。

 投げられた通信器を見ず、右肩の上付近で掴み、そのまま扉の前に向う。

 

 扉のドアノブを掴んだ時だった。


「ロスト何か変わったか?」

 

 グレゴールは愉快そうな、声色で僕に聞いてきた。


「別にただ……生きる意味を見つけたそれだけさ」

 

 ドアノブをさらに強く握り締め、それだけ言い残すとギルド長室を出て自宅に向かう。

 

 ギルド長室を出た直後、先程まで自身が寝ていた医務室に向かい、自身の装備を回収する。

 ベットの隣に置かれた4つの腰袋に、剣。

 その中の置かれた、剣を手にし刀身を見る。


「折れてるか。ごめんな」


 黒いゴブリンの戦闘で折れた剣。

 刀身を撫で、謝罪する。


「新しい剣が必要だ」

 

 折れた剣ではどうにもならない。

 そして己を補強するには、市販で勝った物では駄目だ。


 自宅に戻ると勢いよく玄関を開け、靴を脱がずに奥の仕事場に向かう。

 自身に与えられていた鍛冶場に躊躇なく入り、立て掛けてある装飾も何もない無骨な一本の剣を手に取った。

 

 この剣は師匠の作品、彼が僕に唯一与えた作品だ。

 他の教え子達には失敗作と称した剣をよく渡していたが、どんに強請っても僕にはこの剣しか与えられなかった。


「お前にはそれだけで十分だ」


 師匠はそれだけ言うと口を噤み、反論どころか意見すらも認めない。

 でもその態度に僕は当時納得はしていた。

 それでも強請ったのは師匠から直接物を貰いたいが故の我儘だった。

 

 この剣は師匠が鍛冶師として作り出した剣の中で最も優れたものだ。

 聖剣や魔剣などの不純物ではない純粋な剣。

 師匠の技術の粋が敷き詰められた人生の到達点、この剣を見て習い僕は鍛冶師としての腕を磨いた。

 

 養子となった日に与えられ、その時の跳ね上がるような嬉しさは今も覚えている。

 

 一度軽く振ったあと鞘に剣を納め、腰に掛ける。


「行こう、剣は飾るものじゃない」


 この剣を握ると不思議と気が引き締まる。

 そして家を出た後、シルヴィアを探すためにとある場所にむかった。

 


 僕が来た場所はシリウス中心にある時計塔だ。

 普段は時刻を伝えるために使用される鐘、これを使い、シリウス中に探知魔法を使用する。


「せっかくだ派手にいこう」


 古くからある鐘で、今も人力で鳴らされている貴重な物だ。

 鐘の下に繋がる紐を掴み魔力を流す、そして深呼吸を一度した後、勢いよく紐を引っ張った。


 僕の探知魔法の範囲と発動頻度は媒介である波が何処まで届き、何回反響するかに比例する。

 つまり街全体に音を届かせられる物があれば1度に街全体を調べることが出来る。

 

 この方法を取る理由は今が1月という点。

 寒くそして風が強い季節。


 もしシルヴィアが物語のようにパンをちぎり、目印にしていたとしても風で飛んでしまい役に立たない。 

 今の季節は現場の維持に向かない環境だ。


 それに僕はギルドから応援を呼ぶために、シルヴィアが捕らえられている場所を掴まなければならない。 

 例え憶測で動かすにしても、この場所に囚われているという証拠を、2つ以上は示さなければグレゴールは動かない。

 

 まずシルヴィアを追う一つの手がかりとしては、グレゴールが付けていた発信機だろう。

 発信機が正常に動いていれば、それ自体が大きな証拠になる。

 しかし発信器は現状正常に動作していない。

 

 この世界の魔道具は全て魔素という、世界に充満する物質を使い動く。

 例え正常に動作していなくても発信器が動いているのなら、発信機が動いた故に生まれる使用済みの魔素を追えば、シルヴィアの居場所がわかる。


 しかし、その使用済みの魔素は1月という環境維持が難しい季節が原因で、すでに霧散しており、その場に残っている僅かな物では、何処に連れ拐われたかまるでわからない。

 

 ただ、全ての使用済みの魔素が霧散したとも限らない。

 建物が風除けになり今でも残っている物はあるだろう。

 

 これらを掻き集めシルヴィアを追うには、街全体を俯瞰的に見る必要がある。

 これがシリウス全体に届く音、それを生み出す鐘で探知魔法を使う理由だ。

 

 そしてもう一つ、シルヴィアを追う方法として、こちらは原始的だが、シルヴィアが拐われた場所にいけば砂や地面に残った誘拐犯の靴の足跡、そして靴裏の成分を分析すれば、襲撃犯が通った後をそのまま追えるだろう。


 人気の少ない場所だ、新たに人が通ったとは考えられない。

 こちらに付いてはもう一つの証拠、使用済みの魔素がある場所と照らし合わせればシルヴィアが攫われた場所に確実性が持てる。


 そして鐘を鳴らした後、足をふらつかせ尻もちを着く。

 

 街全ての情報だ。

 受け止めるにも、処理するのにも時間が掛かる。


 目や耳、鼻から血が流れているのはわかっているが構わない。

 そして5分後には全ての情報の処理は終わった。

 

「なるほどここか」


 時計塔から移動した僕は木によじ登りとある屋敷を覗いている。

 そうここ、アトラディア王国全土に店舗を持つ、ローランド商会の大幹部が所有する別荘。


 ローランド商会は数日前、僕らが集合した公園近くにあるリーフマーケットなどを経営する大商会。

 この屋敷は現在、ある人物を軟禁するために使われている筈だが。


 そして、僕は屋敷を前に口を尖らせ渋い顔をしていた。 


「マティアスの屋敷か、間違いなく関わっているな」


 僕の言うマティアス、フルネームはマティアス・ローランドはリーフマーケットを創業した一族の1人で父は商会の大幹部。

 しかし他人を思いやれない野心に溢れた男であり、それを危惧した彼の父は一時期謹慎と称して、マティアスを孤児院で働かせていた。


 マティアスが孤児院に来てもたらした功績は、多くの子供に里親を見つけた事だ。

 

 隅に固まってばかりの育て易い、そして断る事が苦手な大人しい子供を里親に出し、シリウスにいる孤児の数は大幅に減らした。


 だがそこで問題が起きた。

 禄に親となる人物を調べず養子に出したため、とある事件が起きたのだ。


 マティアスが禄に親となる人物を調べず子供を養子として出していた理由は、彼が結果を求めすぎる人間だったからだ。

 マティアスは孤児院で働く際、商会に戻った後に評価される功績は何かと考えた。

 そして出した答えは、孤児院にいる子供をどれだけ減らせるかという事。

 その結果、里親制度、養子などを使い、親となる人物の調査をまともにせずに、子供を孤児院から送り出し続けた。

 その後、養子である子供の扱いが後々問題となり人が死んだ。

 もちろん僕の義父母も関係している事らしいのだが、何があったかは僕は覚えていないが、その事がきっかけでマティアスは、自分の出世の道が途絶えたのは僕のせいだと逆恨みをしている。


 僕は仮にも義父母に合わせてくれて、その後師匠と出会うきっかけをくれたから、マティアスの事を別に恨んではいないのだが。


「その事で、領主から毎年謝罪金が送られてくるのはたまったものじゃないけど」


 困ったのはそれくらいだ。

 ポケットから通信機を取り出し、グレゴールに連絡をする。

 

「グレゴール場所を掴んだ、あとは勝手に把握してくれ」

「わかった、気をつけろよ」


 場所は言わない、それと上下関係もはっきりさせない。

 外での通信はあえて対等な喋り方を選んでいる。      

 傍受された際に、出来るだけ情報を相手に与えぬようにする最低限の保険だ。

 連絡をした後、通信機を木の上から落とし、再び見張りに目を向ける。


「見張りもうじゃうじゃいるでも」


 深呼吸の後、屋敷の塀を超え、中に侵入する。

 

 屋敷の敷地内に入ると、木々を隠れ蓑にしながら進んでいく。

 僕が見張りに気づかれないのは、体重の軽さという原始的な歩法のお陰で足音が小さい事、さらには探知魔法を連続して使い、常に見張りの顔の向きを把握し続け視覚の間を抜けて行くからだ。

 

 夜という環境も合わされば簡単に屋敷の中への侵入を可能とした。


「クッソ、なんで領主まで出てくる。まぁいい、私は別の場所で羽ばたく」


 屋敷の中を探索していると、遠くて何を喋っているかはわからないが人の声がする。

 何処か聞き覚えのある声を頼りに進んでいくと。


(この声マティアスか)


 音を出さぬよう扉を開け、廊下で探知魔法を使い中を伺う。

 魔法で部屋の中を調べると、マティアスただ1人がそこにいた。


 そして現在、この部屋には護衛がいない、

 この男を捕らえるのであれば今が一番のチャンスだが、それは僕の目的ではない。

 しかし気になる物が1つあった。 


「必要な書類は」

「シルヴィアは何処にいる」

「お前か何故ここに誰か……」

「言わせるかよ」

 

 マティアスが机の引き出しを開けるために目線を下に一瞬向ける。

 その僅かな時間にドアを開け接近する。

 失敗した事といえばドアを静かに開けられなかった事だ。

 お陰でマティアスに助けを呼ばれそうになったが身軽な動きで机を飛び越し、マティアスの腹部に体重を乗せた蹴りを放ち、そのまま馬乗りになる。

 そして怒りのままに、一発拳を顔面に叩きつけた。

 

「気絶しない程度には調整した。それにしてもマティアスお前は人の道を外れたようだ」

「何を言っている」

「この剣さ、覚えているかこの剣の持ち主の事」


 部屋の左壁に置かれた錆びた剣を僕は指さす。


「さぁ誰だか」

「エルティモル、お前に意見して殺された傭兵だ」


 気丈にも表情を変えずにいたマティアスだが傭兵の名前を僕が言うと、青白い顔でありながらこちらを睨みつけた。


「どうしてそれを」

「何故って剣が教えてくれた。正しい事をしようとして殺されたと。なぁマティアス教えてくれ。今回誘拐犯への協力をした理由は僕への憂さ晴らしって訳ではないよな」

「そんなわけ」


 マティアスは口で確かにそう述べていた。

 しかし心臓の鼓動の回数、汗の変化、そしてわかり易い程目が泳いだ。


「そうか、お前は生かしておけない」

「やめろお前にはわからないだろ、地下の行き方ッガ」

「それだけ聞ければ十分だ、後は勝手に見つける」


 拳を固く握りしめると、マティさの顔面に再び振るう。

 そして先程よりも強い電流を拳から腹部に流すと、体を不規則にビクつかせ白目を向いてマティアスは気を失った。


 殺しはしない。結果脅しになってしまったが本気で殺そうとは思っていた。

 殺さなかったのは義父母にそして師匠に合わせてくれた恩義だ。

 いや、最後の恩情だ、次はない。

 

「もう、数発殴っておいたほうが良かったかな」


 怒りのままに足を鳴らし、部屋の左側に投げ捨てられた先端が錆た剣を拾う。

 近場に投げ捨てられた鞘に納刀、その後その剣を持って部屋を出た。


 僕は師匠が死ぬ前まで武器の声が聞こえていた。

 それこそ技術だけではなく、担い手の人物像まで剣に聞くことができた。

 

 本来の最善手としては、子供達の救出まで侵入を気取らせないため、マティアスを無視することが求められた。

 マティアスは仮にも屋敷の主、異変があればいずれ気づかれてしまう時限爆弾みたいな奴だ。

 それに僕の探知魔法を使えば誰も襲わず子供達がいるであろう地下のルートは自力で見つけられた。

 後続のギルドと領兵が上の傭兵を素早く片付けれるよう、なおさら侵入を気取られることは避けねばならなかった。

 

 子供達全員を連れながら、警護をしている傭兵に気づかれないように、屋敷から脱出するのは不可能だ。  

 帰り道は後続に作ってもらえばいい、そう考え、余計なトラブルを起こさず、僕は子供を守りながらその場で時間を稼ぐだけでよかったのに、それなのにマティアスを襲ってしまった。


 久しぶりに聞けた武器の声、その無念の思いに耐えきれなかったのだ。

 

「自重が効かないな今は」


 左側にある傭兵の剣、右側にある師匠の剣、2つの持ち手部分を撫でながら反省をする。


 でもこれでいいかもしれない。

 理性で人は生きる。

 でも僕が求めているのはもっと全身が沸騰するような衝動。

 全てを捧げられるような生きがい。

 生きるのであれば獣のように、何も目移りせず真っ直ぐに。

 今はただ自分に素直でありたい。

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