欠片を再びこの胸に 5
「ようこそいらっしゃいましたね」
扉を開けると机を中心に向かい合うよう、椅子が1つずつ置かれただけの広い空間があった。
奥の椅子には大通りと裏道で、大胆にもシルヴィアを拐った仮面の男が座っている。
仮面の男は芝居臭い物言いにあからさまな紳士服、全てが偽りに感じ、普段から身につけていいそうなものは腕につけている古びた腕時計くらいな物だ。
そんなことよりも僕が気になったのは背後にいる子供達の変化。
子供達がこの男を見た時、体を飛び上がらせ怯えの反応を強く見せたのだ。
実際僕の背中を掴んでいる男の子からは手から震えが伝わってきた。
「なるほどあんたが親玉」
「管理者なだけですよ、座って下さい」
「ではお言葉に甘えて」
仮面の男に勧められるままに椅子に座ると、子供達は顔を青くし、さらに震え始める。
僕はこのやり取りがすでに何度も行われた後だという事を理解した、そして子供達今だここにいるという事は……。
(なるほど、よくある光景なのか)
そんな子供達の様子を見て、目の前の男に向かって剣を抜き、今すぐ襲いかかろうかと考えたが、後詰めの事を考え、多少の時間稼ぎは必要だと思い留まる。
計算ではそろそろ、上の屋敷に領兵と冒険者が突入を始めた頃合い。
始まってしまえば決着はすぐに付くだろう。
しかし地下通路の発見や様々な書類の確保、後は裏切り者の動きなど、時間が掛かる要素はいくらでもある。
だがどんなトラブルがあってとしても上の連中が負けることはない。
時間、それさえ稼げれば僕が負けても子供達の救出は確実に成功する。
怒りを表情に出さぬよう、頬の内側を噛みちぎり、自分を落ち着かせる。
こんな他人だよりの考え方をしているのは、目の前の男は今の僕では荷が重いからだ。
そして仮面の男は力強く机を叩き、拳を握りしめ、熱弁を始める。
「さて貴方のことを私も調べさせて貰いましてね。力が欲しくないですか?」
「欲しいですけど何故今?」
腕を組み軽く頭をかしげる。
この男は侵入者相手に何を言ってるんだと? 訝しむ。
「私は貴方のような才能豊かな人が、不公平故にこんな辺境で落ちぶれているのを大変嘆いております」
「不公平?」
そこで仮面の男性から花の香りの匂いがした。
だが匂いはそれだけではない、花の匂いに隠されている薬品の匂い。
「ええ、現在はレガリアの性能で個人の強さが決まると言っていい。そしてレガリアの強さを決めるものはレガリアで使用されている魔獣の核。つまり王族貴族や王都で冒険者をしている者には、優先的に強い魔獣の核が使われているレガリアが与えられます。スタートが違うということは後の成長にも起因する。いずれ追いつけないほどの差が生まれるでしょう。私達に協力すればその差を埋め追いつくことも可能」
この話は事実だ。
王都の冒険者は知らないが、王族貴族は優れた魔獣の核を使い、性能のよいレガリアを所持している。
確かにそれで差は生まれるが、僕に何の関係があるのかわからない。
レガリアの核の差以前に、装置そのものとの相性が僕は悪いのだ。
この男の魂胆が少しわかってきた。
これは一種のショーだ。
目の前で人が堕ちていくのを見せ子供達の心を折る。
お前たちを助ける人間なんていない。人は自分の欲望を優先する。
それを見せられ続けた結果、子供達は助けが来ても信じられなくなる。
先程檻から出ようとしない子供がいたのも納得だ。
「だから私達の仲間になりませんか? 何かを強制することはありません。ただ不公平をなくしたい。私はそれだけです。ただ私達の事を喋れないようにこの薬を飲んでください、条件はそれだけです」
この話を聞いて僕は……コイツ僕のの事を知っていると言っておきながら、全く知らない詐欺師だなという感想だ。
そんな詐欺師の言葉でも少し前の僕なら話に乗っただろう。
自分に期待していた、自分はもっと出来る努力すればいつか報われる、ただそれを我武者羅に信じ、縋った。
そして勝手に自分を見損ない生きる時間がないことを諦める理由にした。
「少し後ろいいですか?」
椅子から立ち上がると男の後ろに歩いていき締め切られているカーテンを開ける。
そこには檻が積まれており、中には子供達がいた。皆絶望した顔をしているただ一人を除いて。
「助けて下さい」
それは先程拐われたシルヴィアだった。
檻を掴み助けを求めているが、彼女の檻の角度からでは眼の前の人物が僕だとは気付いていないようだ。
いや考えないようにしているのだろう、見捨てられるそれが彼女らの日常だから。
時間がない、それを諦める理由にするべきではなかった。
本当に何かを成し遂げられる人は、期限に立ち向い、失敗しても笑いながら死ぬ人間だ。
しょうがない、失敗しても死ぬだけだと前を向き続ける。
己を貶めず、自分の殻に閉じ困らず、ただ思いっきり一歩を踏みしめる人だ。
「でも貴方には関係ないでしょ」
「まぁそうですね」
確かに、この子供達が苦しみ泣き叫ぼうと僕の行動には何も関係しない。
すでにやることは決めている、ただ剣を振るう時全身が力んでしまうだけだ。
仮面の男その背後に音立てず近寄り剣を振るう。
男もわかっていたようで首筋に迫る斬撃を座りながら杖で防ぐ。
「はて、悪くない商談だったと思いますが」
「2ついいか?」
「はい、どうぞ」
「あの薬飲んだらどうなるんだ。魔法で見たけど碌でもない成分が入ってる気がする」
椅子に座ってから、クロードが声を力強く発する度に探知魔法をこっそり使っていた。
人は、自分の行動に熱を上げると他人への警戒が僅かに薄まる。
そこを狙って探ったのだが、あの薬の成分、そのいくつかはやばい物だと魔法から伝わる情報が警報を鳴らしていた。
「なるほど、いい目をお持ちだ。なら正解を言いましょう。私達の傀儡になります」
「裏切り者の目星はついたな」
強くなれる秘宝と謳い、新人上がりの伸び悩んだ冒険者を誘惑し、薬を飲ませているのだろう。
ここシリウスでは、他所者についてきた未来有望な、嫉妬心を飼い慣らせない若者にすり寄り、何人かに飲ませている。
ここでいう具体的な人間はイアンなどが当てはまる。
(そういえば仮面の男を追っていた時イアンが邪魔に入ってきたな)
偶然だと思っていたが確かに少々出来すぎなタイミング。
強い人間の近くにいると嫉妬が生まれるものだ。誘惑し落とす、いい目の付け所だ。
「想像は当たっていると思いますよ、最後の質問をどうぞ」
「お前名前は?」
「クロードそう名乗っています」
名前を聞くと同時に腕を戻し今度は突きを放ったが、クロードは前方を塞ぐ机をを蹴り上げ、空いたスペースに転がり込む。そして足を軸にこちらを向いた。
「おや、私のプレゼンは間違ってましたか」
「ああ、リサーチ不足だ」
僕にレガリアを扱う才能はない。
例え王族貴族と同じ高性能な物を持っていても、辺境の新人冒険者が初めて使ったレガリアより上手く扱えないだろう。
その道に縋るのはレティシアを王都に追い出した時にやめている。
「まだ、僕にも使えるレガリアがあるそう言ってくれたほうがグッと来る」
とはいえ乗る気はなかったが惹かれたのは事実だ。
僕が強かったら今の自分とは進んでいる道は違うこれは断言できる。
レティシアと一緒に王都に行き名を轟かせる。
何度夢見た事か。
でもそれは夢でしかないのだ。
才能の無さに一人首を吊ろうとしたことは何度もある。
泣きながらもっとできると己を肯定した。
無理だと、これが現実だ限界だと何度も打ちのめされた。
でも諦めることだけはしなかった、何故ならもう時間がなかった。
新しい事を始める時間は僕にはもうなかった。
怪しい話に乗る程度で息苦しい今を乗り越える力が出に入る、少し前の僕なら喜んでクロードが持つ薬に手を伸ばしただろう。だが今は違う。
命は使い切るものだから。
「お前の誘いに乗らなかった理由は一つだ。それはもう僕の生き方じゃないからだ」
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