欠片を再びこの胸に 6

 剣を強く握り直しクロードに向かって振るうが、片手で持った杖に簡単に防がれ、開いた体にカウンターで杖の先端が突き立てられる。


「大口を叩く割には大してパワーがない。」

「言ってろ」


 数度考えなしに剣を振るうが結果は変わらない。

 こちらも様子見故に深く踏み込んでいないが、それでも捌かれ、その度に杖のカウンターが入る。

 今までは足、肩などだったが今度は腹部に一撃入った。

 僕は防具に籠手に脛当そして胸当てを付けている、だからクロードが行った腹部へのカウンターは問題ない筈だった。


「?#!!」

「おや、足を止めてどうしたんですか?」


 腹部を打たれた時、今までとは種類が違う痛みが襲う。

 体の中未が外にこぼれ落ちそうな感覚、距離を取り、腹を触るが血などは出ていない。

 しかし腹部を触った時、他とは違う明確な痛みがあった。 


(そうか、廃城で腹を貫かれた時の傷か、だがわかっていれば)


 耐えればいい、そう思っていたのだが。

 前に出ようと踏み込もうとしたタイミングでしゃがみこんでしまった。

 

 体を動かそうとするたびにお腹の中身が動き回るような錯覚。

 なんとか立ち上がりクロードと距離を詰めるが。


「おや、動きが悪いですね」


 剣を振るうがクロードは防御の必要もないと軽々と躱し脇腹に杖を振るう。

 何度も何度も威力ではなく数をこなす。

 狙いはあくまで腹部、逃げようと後ろに下がればそのままピッタリついてくる。


 クロードが笑みを浮かべているのは見なくてもわかる。

 

 相手の弱点を攻め続けるのは戦いにおいては基礎だ。

 それに我慢出来ないような弱点を見つければ、一撃弱点に入れる度に、慢心と笑み溢れるのはしょうがないだろ。

 

 思い通りに体が動かない。

 足で踏ん張るたびに体の芯がブレ本来切り返せるタイミングで一歩遅れる。

 

 それでも強引に動こうとすれば今度は体の内側から立っていられないほどの痛みが生まれ体の機能として全身が意思と関係なく硬直する。

 体の小回りを奪われた挙げ句、懐に入りこまれ、ドッグファイトを挑まれ続ける。

 それに距離を離した所で間合いの差でクロードには完全に攻撃を防がれている、この状況には焦りが募る。


 変わらず剣をクロードに振るうが、出だしバレバレな剣に当たるはずもなく簡単に避けられる。

 焦りから普段よりも大振り且つ腕の戻りが遅い。

 その隙をクロードは見逃さず強く杖を握りしめ懐に入る。


 全体重を掛け腹部目掛けて全身全霊の突きを放つ。

 後ろに自ら飛び、クロードの一撃の威力を下げるが、それでも強く突かれた腹部、喉に何かが迫り上がってくるが口の中で抑え込み強引に呑み込む。

 

「無様だな」


 己への愚直な言葉を吐き出し足を止め、一呼吸入れる。


 そこで外に向けていた目を己の内側に向ける。

 普段探知魔法を僕は外に使っている。

 

 戦闘は相手合っての物、なら相手の一挙手一投足に注意を払うのは当たり前だ。

 しかし現在自身の身体の動きすら制御できない状況では相手を見るどころではない。

 傷を計算しつつ精密に体を動かす。

 それをするには今の僕では技量が足りない。

 ならどうするか? 見て覚えるしか無い。

 探知魔法を体の内側に向け、体のどの動かし方がどの体の違和感に繋がっているかそれを把握し理解し制御する。


「少し体の動かし方が変わりましたか」


 剣を左から振り下ろすが、クロードは余裕な表情で受け止める。


 手元で持ち位置を変更することで杖の長さを調整、必要な動きの幾つかを省略しカウンターの突きを最短で僕の腹部に再び放つ。

 そのカウンターだが右足を下げ、半身になることで杖の直撃を回避する。

 伸びた杖をクロードというゴールに導くレールと考え、その杖に沿って剣を振るう。


「今のは危なかった」


 クロードは杖を離し後ろに下がる。

 手ぶらとなったクロードだが今度は何もない場所に手を突っ込むとそこから杖を取り出した。

 その際一瞬だが、手の指に付けている指輪が光った。

 

(こいつの正体は武術家でもなければ魔法使いでもない、錬金術師か)


 杖を魔法の補助として使っていない時点で魔法使いではないだろう。

 それにクロードは使ってこそいないが隠し武器を多く所持している。それは探知魔法で知っている。


それはともかくとして。


(悪くはない)

 

 今まで試していなかったが、近距離戦闘では探知魔法を自分へと向けたほうが動きの質がいいように感じる。

 あくまでクロードが腹部を集中的に攻撃してくるという、わかり易さも加味した現状ではあるが。


「準備は整ったな」


 ようやく勝ちの目は揃った、といってもやることは変わらない、剣を振るうそれだけだ。

 ただ策が無いわけでもない。

 クロードは僕の攻撃を待ちカウンターを狙う、ただそれを繰り返す。

 僕が取った策は剣と鞘を使った双剣とも言えるスタイル。


 ただ役割ははっきりとしている。


「っち」


 ここからは先はどちらが先に手を出すかの我慢比べ。

 だが、どちらが先に手を出すかなどわかりきっている。


 クロードの杖は僕の剣よりも長い。

 クロードが先程のカウンターで有利を取れていたのはその杖の長さで間合いの有利を取っていたからだ。 


 そして我慢比べでは己の有利を掴むため間合いの長いほうが先に手を出す。

 

 先程からクロードが使っていた円を描くような杖の動かし方。

 右から来るクロードの杖は剣で防ぎ、上下は体の向きを変える事で躱す。

 そして僕が剣で攻撃すれば防ぎ、持ち手を変え最速でカウンターの突きを放つ。


 これらのずっと繰り返し。流石にワンパターンすぎだ。


 左からの杖による一撃を鞘で防ぎ絡め取る。

 狙っていたのは左または突きの攻撃。


 左手で持った鞘を使い杖の動きを制限、杖の動きを制限されてしまえば持ち手を変えた所で突きは繰り出せない。

 残りの選択肢は杖を手放し再び異空間から杖を取り出し仕切り直すこと。

 ただ広いとはいえここは地下だ、限られた空間で何度その逃げが出来るか?

 

「はは」


 クロードは確かにピンチであるが雰囲気は変わらず緩いまま。


 僕の狙い通り杖からクロードは手を離すが安全圏まで下がらない。

 一歩だけその場から下がり、スペースを作り僕が掴んでいる杖、その持ち方を変える、


 まるで鞘から剣を抜くように杖の先端を掴み引き抜いた。


 クロードの持つ杖は仕込み刀だった。

 距離を詰める僕に対してクロードは迎え撃つように剣を振るう。


 剣の鞘だった杖を持っているため僕は片手で剣を振るうしかない。

 代わってクロードは両手で剣を持ち万全の状態。

 しかし次の瞬間クロードから出た言葉は困惑だった。


「何故?」


 切り裂かれたのはクロードだった。

 横に一閃、内臓が吹き出るほど深くはないが、それでも血が吹き出す位には浅くはない。


「いつから気づいていた? この杖が仕込み武器だと」

「最初から気付いていた。僕が武器を見間違える事はない。それに元々僕の足元にある杖も全く同じものなんだ。それを切り札にするには驕りがすぎる」


 僕はクロードの振るう剣、その間合いを完全に読み切り走る速度を調整する。


 剣が振られ、目の前ほんの数ミリの場所を刃が通り過ぎた。

 そしてクロードが剣を空振った開いた体に斬撃を入れたる。


 戦闘が始まり、徐々に感覚が研ぎ澄まされ、理性が削れ始めた今なら。

 完璧な間合いの把握が出来ると思った。

 

「さて終わらせようか」


 そこからの戦闘を一方的だった。 


 動きが悪くなったクロードを仕留めるのは容易い。

 それ以上にクロードは剣の扱いに慣れていなかった。


 先程僕が苦戦した棒術は刃が付いていないからこそ、持つ位置を自在に変え間合いの変化と動きの省略を可能としていた。

 それがクロードの強みだった。

 なら剣を手放し杖を異空間から取り出せばいい。

 だがそれをさせないのが僕の勝ち筋だ。


 クロードに貼り付き続け距離で戦い続ける。

 そして焦れるのを待つ。

 急所は狙わない、足や手僅かな切り傷を積み重ね、決定的な隙を待つ。

 

 クロードがこの状況を打破する方法は一つだけある。

 しかしこれはタラレバであり、同時にやらないという信頼もあった。

 

 でも少々追い詰めすぎたのかもしれない。

 クロードの左太ももを切り裂いたタイミング彼は剣を捨てた。

 両方の手を異空間に突っ込みあるものを取り出す。

 それは爆弾。

 左右計6個の爆弾を子供達が囚われている檻に向けて放り投げる。


「しまった」


 咄嗟のことだったのだろう。

 クロードは子供を攻撃する事はできない、それは倫理観ではなくどこかトラウマに近い実体験によるものが起因しているのはわかっていた。

 彼が子供を背にする時は不思議と攻勢が激しく、逆に僕が子供達を背にした時は攻撃の手が緩む。

 だから信頼していた。子供だけは攻撃をしないと。

 だが命あるもの無意識の攻撃というのは誰にでもある。

 もしかしたらクロードも無意識に信頼していたのだろう。

 僕が子供達を庇うことを。


「はぁはぁ、大丈夫だ、帰れるよ」


 部屋の中で投げられた爆弾だ威力は抑えられていた。

 しかし人間一人を傷つけるのには十分な威力があり、そして僕は怪我人だった。


 体の状態は最悪だ、お腹の傷が開き始め出血が止まらない。

 

 それでも子供達に虚勢を張ったのは彼らを僕が守っていたからだ。


 守る者は完璧に見せねばならない。

 でないと守られる人間は安心して頼れないから。

 その証拠に檻に入れられている子供達と、僕と一緒に来た子供達の目にはほんの少し光が戻った気がした。


「来てくれたんですか?」

「ああ、来たさ」


 そこで檻に入れられていたシルヴィアも僕に気づいたのだろう。

 うわずった声で泣いていた。


 僕が子供達と話していた僅かな時間に、クロードは己の体の治療と杖の補充を終えていた。

 少しは動揺した姿が見れると思ったが、それとは逆に僕の姿に哀れみを抱き、油断を捨て杖を構えていた。


「なぁクロード」

「なんですか?」


 クロードの声には怒りも驕りもなく、何故か僕に対しての慈悲が込められている。

 どんな心境の変化かわからないが僕は笑みを浮かべ最後にクロードに述べた。


「相手を信頼したら終わりだよ」

 

 不思議と仮面の奥の表情が歪んだ気がしたが、そんな事はもう気にしていられない。

 痛みか、戦闘故の高揚かの理性はその時完全に消し飛び手袋を脱ぎ捨てた。



ークロード視点ー


 目の前の少年は頭のネジが数本外れたのだろうか? 私が投げた小型爆弾から子供達を庇ってからの様子が変だ。

 今までの体を気遣うような隙のない最低限の動きから、戦闘開始直後ですらしていなかった無駄の多い動きをしている。

 さらに不気味と感じるのは、腹部から血を撒き散らしながらも笑みを浮かべ妙なことを呟いている。


「人には獣のような爪はない。牙も嘴もならば武器に寄り添うのは最も賢い方法だろう」


 腹部からの出血の多さから考えると、私が確実に勝つには時間稼ぎが一番だと考え、カウンターを狙わず間合いの長さを活かし距離を作るように立ち回っている。


(先程と違い、鞘も持っていない)


 爆発を受け止めた時彼は鞘を手放していた。

 これなら先程のように杖を防がれ動きを制限される事はない。 


 円を描くように杖を振るうのは攻撃速度を維持するため。

 空振りしてもそれは隙ではない。

 常に杖を動かし続ける事により次の一振りの出を早くする。


 彼の突撃に合せ間合いギリギリに杖を振るった。

 間違いのない判断の筈、それに私自身杖の間合いに捉えたと思っていた。


 どうやったかわからないが彼は私の杖をすり抜けた。

 彼がしたことはそれだけではない。


 気付いたら棒の軌道を変えられ地面へと衝突、維持していた円を描く動きが途切れた。


 明らかに先程とは違う雰囲気、理解出来ない技術の数々、それに強い危機感を覚え再び爆弾を異空間から取り出し自爆覚悟で彼に投げる。


「っく」

「力を鍛えると言っても牙のある獣にそれだけで足りるだろうか?」


 煙が晴れ状況を確認すると彼は私と違って爆弾のダメージを負ったようには見えない。

 明らかに間合いを測る能力が違いすぎる。

 恐らくまともに振っても杖はもう当たらない。


「だから武器に身を捧げる事が最も有効だ、これは師の言葉だ」


 彼は戦闘の最初に私が蹴り飛ばした机の元に向かいこちらに投げた。

 体を魔法で強化すれば机がぶつかった程度ではダメージはない。

 それより今は彼から目を離したくはなかった。


 彼は机と共に私に突撃を仕掛ける。

 彼は私に2択を押し付けたのだ、机から身を守り彼に斬られるか、それとも机の攻撃を防がずその攻めを潰すか。

 この問いには正解が合った。

 だから間違える事はない。

 

「俺から言わせれば考える事、事態が不敬だ」


 運が良かった。

 先程と同じく理性ではなく突如出た無意識の行動。


 私は思考に反して杖で椅子を防いた。 

 杖と机が接触するその一瞬で、その2つは一切の抵抗を感じさせず縦に割れた。


 私が助かったのは杖で机を防いだ結果できたスペースのお陰だ。

 でなければ斬られ死んでいた。

 直後新たに生まれた腹部への衝撃。

 そのまま壁に吹き飛ばされ、頭を強く打ち私は意識を失った。

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